第2話 幼馴染は身構えない時にやってくる

 新学期初日。


 昇降口はかなり混み合っていた。


 というのも、新クラスの名簿が大々的に張られているからだ。


 人が押し寄せている。やや待ってから、ようやく目を通せた。


「お、だよな……乙女坂だから」


 目立つ苗字、かつ前半の出席番号だからすぐ見つかった。名前は番号と併記してあった。


 そのクラスの名前欄に目を通す。


 下の方まで視線がいき、止まった。


「願いってのは叶うもんだな」


 室井、という名前を見つけた。今年も、乙女坂と同じクラスになった。


 乙女坂と俺の名前を見つけたので満足して、それより下の名前は見なかった。見る必要性をさほど感じなかった。


 階段でクラスに向かう途中、「室井さん」と後ろから名前を呼ばれた。


 次の段が踊り場だった。立ち止まり、振り返る。


「乙女坂さんか」

「やりましたね、同じクラスですよ」


 小さくガッツポーズを決めていた。


 同じ段まで乙女坂があがる。一緒に歩き始める。


「ラッキーだな。離されてもおかしくはなかったのに」


 クラスは七個ある。俺たちは2Aクラス。


「去年から持ち上がりのメンバーも多いですね」


 昨年度は1Aクラス。担任はそのまま持ち上がりだった。


 ある程度は去年のクラスをもとに、生徒をシャッフルしてるんだろう。



 教室に入る。


 早くもざわざわとしていた。昨年のクラスのメンバーで、固まっている。


 乙女坂はオフ・モードになった。さきほどまでの明るさは消えてしまった。


 内気というより、内弁慶という言葉があうのかもしれない。


 黒板には、机の図と出席番号が書かれていた。右前の席から、番号が若い順番に座るらしい。


 乙女坂は一列目、一番後ろの席だった。


 俺は、左から二番目、窓側の一番後ろの席。


 右を向けば、遠くに乙女坂がいる。相変わらず、初日から読書に熱中していた。


 左隣は、全然来ない。まぁ、たいしたことではないか。


「おいおい室井、初日から黄昏れちゃってさ」

「人がいい気分に浸っているところを」


 河口だった。去年も同じクラスだった。


 同性で言えば、一番交友があった男。


 クラスのメンバーには恵まれている。ありがたい限りだ。


「愛しの乙女坂さんと一緒でよかったな」

「おい、からかうなって」

「そんなつもりはないさ。しかし、やっぱ羨ましいよな……『孤高の花』の乙女坂さんと親しくするなんて、いったい前世でどんな徳を積んだんだか」


 笑って誤魔化した。


 俺だって聞きたいところだ。


「まあいいさ。俺も心機一転、新たな出会いを探す。絶対運命の彼女を見つける」

「成功を祈ってるよ」

「お、余裕だよなぁ、室井は」

「付き合ってはないんだが」

「自認は知らない。ふたりの関係はカップルも同然だろう。じれったいよな……」


 じれったい関係ではあると思う。けど、これは望んでのことだ。


「それはそうと、見たかよ名簿」

「なにかあったか」

「それが、知らない名前があってな」

「知らない名前?」

「そうだよ。下の名前がカタカナで……」


 下の名前がカタカナ……思い当たる節が、あるようなないような。


 だが、まさかな……。


 河口が二の句を継げるまえに、予鈴が鳴った。


「また後で話す」

「了解」


 面白そうな話の途中で中断されてしまったから、余計気になる。


 いったい、知らない名前とはなんなのか……。


 もうクラスメイトはほとんど揃っていたが、左隣の席だけが相変わらず埋まっていなかった。


「じゃあ、ホームルーム始めるぞ」


 担任の自己紹介からだった。それから事務連絡があり、学生側の自己紹介が回ってきた。


 前から順々に巡り、乙女坂の番になる。


「お……乙女坂琴美です。帰宅部で、趣味は読書です。よろしくお願いします」


 端的な自己紹介。やはり、声色が震え、小さい声だった。


 続いて河口に番がまわる。


 後半の俺まで待つのが長そうだな、と思っていた。


 だが。


 廊下がやけに騒がしくなる。ガラガラ、とスーツケースを引く音が聞こえる。


 いったいなんの騒ぎだろう?


 音は教室に近づき、止まった。


 ノックのあと、「失礼します」との声がした。どこかで聞いたことがある。


「おっ、ギリ間に合ったみたいだな。いま自己紹介をやってるところだ」


 息を切らしていたのは、ひとりの女子生徒だった。


 流れる長髪は金色に近い。が、作り物の色というより、自然な色合いだった。


 はっきりとした目鼻立ちで、勝ち気なオーラが漂っている。


 ――俺は、彼女を知っている。


「問題なさそうね。じゃあ、次に自己紹介をしてもいい?」

「割り込むかたちにはなるが、この状況をスルーしても、みんな戸惑うだけだろう。次いいか、河口」

「……だ、大丈夫です!」


 突然の来訪とあって、河口も動揺を隠しきれないらしかった。


 ぐだぐだの河口の自己紹介が終わり、スーツケースの女子生徒に番が回る。


「それじゃあ、急きょにはなるが、転校生に自己紹介をしてもらう。好きにやってくれ」


 彼女は、教卓の前に立った。


「みなさん、はじめまして。渡瀬わたせアンナです」


 黒板に自分の名前を書いた。力強い達筆だ。


「最近まで海外の高校に通ってたのだけれど、父の転勤で日本に戻ってきたの。いわゆる帰国子女?ってやつなのかな。日本は久々だから、いろいろ教えてください」


 そして、渡瀬は教室をぐるりと見て、俺に目をあわせた。


「あ! シュウヤ! 久しぶり~」


 俺の方に注目が集まる。


「またいろいろ遊ぼうね、シュウヤ」


 ざわめきが増す。


 乙女坂の方を見る。


 もはや放心状態で、こっちを見ているが、しっかり見えていないも同然だ。


「そういうわけで、みんなよろしくね!」


 そのまま、俺の左隣の席を陣取った。


 渡瀬アンナ――彼女は、俺の幼馴染である。


 アンナ、なぜ俺のいる高校に……?

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