第3話 昔の約束を持ち出す幼馴染
渡瀬アンナは俺の隣の席につくやいなや、満面の笑みで俺を見た。
「驚いた?」
「大仰天だよ。まったくの予想外だ」
「サプライズは大成功ね」
教室は、完全に渡瀬の存在が支配してしまった。
自己紹介は進み、俺もみなと同様終わらせた。
正直、新メンバーの顔と名前が頭に入っていきそうにもない。
謎が多すぎる。
なぜ、渡瀬は帰国したのか。
中学にあがってから、渡瀬はアメリカに行ってしまった。高校生の間は、アメリカにいると言っていた気がするんだが。
それに、帰国すると伝えてくれなかったのはなぜか。
サプライズと言っても、ことの運びが突然すぎやしないか。
俺のいる高校に編入するというのも、なかなかである。
休み時間になると、すぐさま渡瀬は注目の的となった。鮮烈な登場をしてみせた渡瀬は好奇の目で見られはしたものの。
「うん! 現地での暮らしは最高だったの」
人あたりがよく、常にニコニコと話す渡瀬は、好印象を残していた。
俺との関係について聞かれることも何度かあったが。
「シュウヤは私の幼馴染! それ以上の話はできないの」
と、意味深な笑みを浮かべ、さらりとかわしていた。
そうした態度が、俺と渡瀬の仲を勘ぐらせる要因になったのは言うまでもないだろう。
こうした渡瀬の襲来は、乙女坂にとって無風ではない。
ずっと俺と渡瀬が取り囲まれるなか、乙女坂は近づきすらしなかった。ちらちらと視線を感じはしたが。
きょうは「図書館の日」だった。なにごともなければ、いつもどおり向かっていたはずなのだが。
『乙女坂:きょうはやめておくね、室井くん』
直接話しかけてくるでもなく、淡泊なメッセージひとつ。
今回会うのはなくなった。
乙女坂とは、まったく変わらぬ距離感で接し続けられるだろう。学期末の頃、そんな淡い期待を抱いていたのを思い出す。
変化は思わぬところからやってくる。幼馴染・渡瀬アンナが突如として帰国し、俺の暮らすに編入になるなんて、てんで想像していなかった。
幼馴染の話を、乙女坂にしたことはない。
かれこれ四年以上連絡をほぼ取り合っていない。俺の意識の外にある存在だったのだ。
聞かれることがなければ、話をすることはない。
なのだけれど。
どこか、乙女坂を騙してしまったような罪悪感がある。ふたりの関係に亀裂を入れかねない、ゲームメイカーがやってきたのだから。
放課後。
「小学校ぶりね、シュウヤ」
ファミレスで渡瀬と話すことになった。
「まず、どういうことか、説明してほしい」
「説明もなにもないわ。日本での高校生活に憧れてね。無理をいって、帰国しようって話になったの」
海外での暮らしは、特段悪いものではなかったという。
「そんな無茶な話、通ったのか」
「うちの親が、ここの校長と懇意だから。口利きをしてくれたってわけ」
小、中、高校と、みな近い立地にある。
俺の家、渡瀬の家も高校から近い。
地元の縁というやつか。
「で、俺と同じクラスになったのも、そのあれか」
「えぇ。職権乱用もいいとこよね」
久々の日本暮らし、できるだけ馴染めるようにと、幼馴染と同じクラスにする。
別に不自然な話ではない、か。
「よかったシュウヤ。元気そうで」
「ぴんぴんしてるよ」
「ねえねえ。私がいない間に、彼女とかってできた?」
彼女、という言葉を聞くのと同時に、乙女坂の顔が浮かんだ。
乙女坂とは付き合っているわけではないのに、これはどういうことか。
「……いないさ、いまは」
「強がっちゃってさ」
「強がりじゃない」
「ふーん。なら、いい感じの子はいるの?」
「……」
ずばずばと聞いてくる。まったく容赦がない。
「なるほどね。黙ってたって、隠し通せはしないの」
「隠しちゃいないさ」
「ともかく、いまシュウヤはフリーなわけよね」
「そういうことになるか」
よかった、と渡瀬は言って、頬を緩ませた。
「じゃあさ」
身を乗り出して、ピンと指を立てる。
「私と付き合わない?」
「付き合う……?」
「そう。付き合うの。いや?」
渡瀬は幼馴染だ。気兼ねなく話せる仲ではあるが、かといって付き合うというのはまた違った問題のように聞こえる。
「約束したでしょ、小学校の頃」
「約束」
ぼんやりとした記憶をたどる。渡瀬と、指切りげんまんをした。
「大きくなったら結婚しようって」
言ったような気がする。しかしそれは、小さい頃のちょっとした冗談みたいなものじゃないのか。
「私、しっかり覚えてたから」
ふふふ、と蠱惑的な笑みを浮かべる。
「私、シュウヤのこと、離さないからね」
勝気な幼馴染が帰国してから、内気な乙女坂さんが激重感情を向けてくるようになったんだが まちかぜ レオン @machireo26
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