勝気な幼馴染が帰国してから、内気な乙女坂さんが激重感情を向けてくるようになったんだが

まちかぜ レオン

第1話 乙女坂さんといつもの場所で

 高校二年生への進級を目前に控えた三月。短縮授業が増え、放課後の時間は長い。


 俺――室井むろい修也しゅうやは帰宅部だ。華やかな青春を送るわけでもないが、悲惨すぎる青春というわけでもない。


 いたって平凡な高校生活、とでもいうべきか。


 特筆すべきことといえば、週に二回、定期的に向かう場所があることだろうか。


 学校の近隣にある市立図書館だ。


 会話が許される交流スペースで、いつもどおり勉強をしている。


「はぁ……来年度も室井くんと同じクラスにならないかなぁ。ぼっちは嫌だし」

乙女坂おとめざか。別々のクラスでも、図書館通いを続ければいいだろう」

「たしかにそうです。でも、クラスで孤立無援なのはきついんです」


 目の前にいるのは、同じクラスの乙女坂おとめざか琴美ことみ


 小柄で、黒縁のメガネがトレードマーク。


 いつもどこか自信なさげだが、端正な顔立ちであり、地味にかわいい。


 ……地味、というのはいけない。めちゃくちゃかわいい。


「だから、もう祈るしかないです。同じクラスになりますように、って」

「無理です。新しい友達をつくるのは、怖くて」

「ほんと、俺と図書委員で一緒じゃなかったら、どうなってたんだか」

「ぼっち街道を驀進してましたね!」

「自信満々に言うことじゃなくないか……?」


 乙女坂の第一印象は、可憐に静かに咲く花だ。


 休み時間、教室で読書する姿は、絵になっていた。


 積極的に周囲と交流しようとしていなかった乙女坂は、次第に「内気な子」というイメージが浸透していった。


「だって人と話すの緊張するんです。室井さんはもう慣れたから大丈夫ですけど」


 俺は読書を人並み以上には好むので、委員会決めでは図書委員に立候補した。他には乙女坂しか手が上がらず、俺たちふたりに決まった。


 最初はぎこちない会話だったが、一緒に図書委員の仕事をしていくうちに、心を開いてくれた。


 最初の定期試験で「一緒に勉強しませんか」と誘いを受け、勉強会を開いた。


 それをきっかけに、週に二回は市民図書館で一緒に勉強する仲となったのだ。


 もう一年、か――。


 乙女坂と過ごす時間は、心が安らぐ。静かだが、あたたかい。


 学校と市民図書館以外で、顔を合わせることはない。


 クラスメイトや友達以上には顔を合わせてはいても、恋人の仲には発展しなかった。

 勇気がなかっただけかもしれないが。


「よくよく考えると、これって部活みたいじゃないですか」

「定期的に活動しているしな。何部か、と言われるとネーミングに困るが」

「勉強部? そう固くもないし……勉強以外に読書もしますし、文芸部の方が近いでしょうか」


 確かに、と同意する。


「ただ、これが部活、ってなっちゃうのもあれだよな」

「ゆるくやってるものが、部活になると窮屈になりそうです」

「そもそも、部員がふたりじゃ、部活として認められないし」


 三人以上のメンバーと、面倒を見てくれる顧問がいなければ、部活としての要件を満たさない。


 それに、活動内容からして、新たに設立してもらうだけの説得力に欠ける。


「じゃあ、相変わらず勉強会って名前がよさそうですね」

「そうなるな」

「この会、来年以降もずっと続けたいですね……」


 強めの願望が込められていた。


 いまの曖昧な関係性を、やめたいとは思わない。現状維持がいい、と思っていた。


 一歩踏み出したときに、関係性が悪い方向に変わってしまうのが怖かった。


 このまま続けていれば、なにも起こらないかもしれないが、それでかまわない。


「俺もそう思うよ」


 ふふ、と乙女坂が微笑む。


 この笑顔を見ると、つられて頬が緩む。


「きっと大丈夫です。高校って、基本的に人間関係は大きく変わらないはずですし。新しいクラスの仲間ができたり、後輩ができたりしても……だいたい、そのくらいしか変わりようがないんです」


 言い聞かせるような口調だった。


 俺たちはやはり、変化を恐れている。


 ことなかれ主義であり、ただ日々の平穏を望んでいるだけだ。


「いろいろ話し込んじゃいましたね。英語の勉強、再開しましょうか」

「だな。じゃあ、後で国語の質問していいか」

「任せてください。国語上位勢の腕を見せますよ」


 俺は英語を教え、乙女坂は国語を教える。お互いの苦手をカバーし合う。


 ウィンウィンの関係だ。


 勉強会の本分は、当然勉強ということになる。


 実際のところ、半分以上を雑談が占めている。


 純粋な勉強能率で見れば、ひとりでやったほうがいいのだろう。が、そんなことを考えるのはナンセンスだ。


 ふたりで放課後の図書館、向かい合って同じときを共有するのが、一番大事なところなのだから。


 あと一週間強もすれば、新たなクラスが発表され、二年生が始まる。


 また、同じクラスになることを願いながら、俺たちは勉強に戻っていった。





【あとがき】

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。次回から幼馴染が出ます!


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