第17話  振り返る、作家への道のり

時間はあっという間に流れて行った。

マラソン大会の申し込みをしてから一ヶ月。

ヤキモキして、エントリー完了メールを何度も開き直す毎日だった。

何せ私のこれからがかかった大会なのだ。

ーーああ、大会に出走できたらこれから新しい道が開けるなんて願掛けしなければよかった。

そう後悔し始める始末。

でも決めたからにはやるしかない。

そう言う中途半端な覚悟が私らしい

なんて、自己分析している暇があったらさっさと練習でもすればいい。

そこに気づいたのが昨夜だった。


私にはこう言うところがある。

何事もゆるく始まる。

ゆるく始めたつもりが気がつけばどっぷり深みにハマっている。


作家人生もひょんなことから始まった。

ある日、行きつけのスーパーで買い物をしていたときのことだ。

スーパー入口の掲示板に川柳の募集の紙が貼られていた。

たまたま面白いことが思いつき、その場で書いて備え付けのポストに投函した。

後日スーパーに行ってみると、私の作品が「特選」として掲示板に貼られていた。

たかだか小さなスーパーの、気まぐれに開催したような川柳の募集だったので、私には特にお知らせのないまま作品が特選に選ばれ掲示板に貼り付けられていた。

選ばれたことに特に感慨もなく「へ〜」くらいの感想だったがことはそこで終わらなかった。

こんな小さな町の小さなスーパーの、小さな川柳募集が貼られた掲示板。それにある編集者が目を留めた。

それが今の担当編集者である。


なぜ川柳から作家へ?

これもまた偶然から発生したものだった。

まず初めはその出版社から出している面白川柳を集めた雑誌への私の作品の掲載からスタートした。

いくつか詠んだが、そのどれもが編集者が気に入り採用され雑誌に掲載された。

それがよかったのか悪かったのか、私はすっかり調子に乗り、川柳を書きまくっては編集部に持ち込み、売り込んでいた。


次第に編集者とも仲良くなり、私が編集部へ売り込みに行くと帰りがけに食事をするようになった。

とき、カレーの名店「共栄堂」で極上のスマトラカレーを食べた帰り、三省堂書店へ寄ることがあった。

そのとき、これまたたまたま見かけたアルバイトの募集の貼り紙。

当時、私は派遣会社に登録して、都度指定された派遣先の会社に勤めていた。

ちょうどその会社の契約が切れ、次の派遣先が決まるのを待っていた時期だった。

張り紙を一緒に見ていた編集者も私を煽る。

「ほぼ毎日のように神保町に通っているのだから三省堂でアルバイトをすればちょうどいいんじゃない?まさに一石二鳥とはこのことだね。応募してみたら?」

確かに私にとって渡りに船だった。

アルバイトという雇用形態に少し不安を持ったが、派遣も有機契約だし同じことだわと自分を奮い立たせた。


そうと決まれば早いに越したことはない。

編集部に売り込みに通うくらいだから、心が決まれば行動は早かった。

慌てて文具売り場へ行き履歴書を買い、近くの証明写真ボックスで写真を撮った。

編集者とはそこで別れ、私一人近くのドトールに入り履歴書を記入し写真を貼った。

そしてすぐに三省堂に引き返し電話をするより早く担当に会って面接を受けた。

本来、こんな行動力だけで非常識な応募者は即はじかれるところだが、ちょうど欠員ができそこへすっぽり入る形で採用が決まった。


アルバイトと川柳の売り込み。

慌ただしい毎日を過ごしているうちに時はあっという間に流れ、三省堂に入ってからすでに一年が経過していた。


書店でのアルバイトもすっかり板につき、周りの影響もあって本も少しずつ読むようになっていた。

ある日、アルバイトの先輩から「新刊のポップ」を書いてみないかと誘われた。


その先輩は書店バイト歴6年で新刊売り場のほとんどのポップを手掛けていた。

新しいことに興味津々の私は「やってみます!」と即、飛びついた。

ポップを描くということは、その本をしっかり読み込まなければならない。

不精な私のその頃の本の読み方は速読。

聞こえはいいが、要はただの斜め読みである。

そんなふうに簡単に読んでポップを書いた。

まだこの頃は今のように、個性的なポップを書くいわゆるカリスマポップ職人がまだ出現していない頃。

ポップも、お好きなようにどうぞという感じで、私が書いたポップをチェックする人もいなかった。

そして私が斜め読みして適当な理解で書いたポップが店頭に置かれた。

ある日、編集者がランチの帰りに新刊フロアに立ち寄ってくれた。

少し立ち話をしたあと、新刊が平積みされたエリアを一通り歩いてそれぞれの作家さんの新刊をチェックしていた。

しばらくすると私のところにやって来て私に尋ねる。

手には私の書いたポップを持っていた。


「このポップ誰が書いたの?」

「私ですけど…。何かありましたか?」

「君が書いたの?どうやって書いたの?本読んだ?」

私は適当に書いたのがバレて「こんなのすぐ取り払え!」と怒られるものだと思った。

しかし編集者の答えは意外なものだった。

「これ!面白い!面白いよ!適当だけど芯は食ってる!それでいてこれだけ面白く書けたらたいしたもんだ!」

私にはこのポップにどこがいいのかさっぱりわからなかった。

構成?たかだか10行程度のポップで構成も何もあるものだろうか?言葉の選び方?

私にはよくわからない。

わからないけど、喜んでくれる人がいる。

とにかくウケは良かったのだ。


「他にないの?」

「私これが初めてのポップです」

「そうか…ねえ、これからは川柳だけじゃなくエッセイも書いてみてよ」

エッセイ?エッセイって何かしら…アイスかしら?それはエッセルか…


当時の私はまだこの程度。

作家からは程遠い位置にいた。


To be continue…

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