第2話  回り出す運命

この物語はフィクションです。

シチュエーション、登場人物はすべて空想の産物です。



次の日曜日。

私たちはオークラのラウンジで向かい合って座っていた。

二人の頭上にはオークラランタンと呼ばれる照明があたたかい光りをフロアに落としている。

テーブルに置かれたコーヒーカップの金の装飾に灯りが反射しているのを不思議な気持ちで見ていた。中庭の見える席に着き、やわらかな日射しを受け会話が弾んだ。


「あれからあなたの本をもう少し読みましたよ。どの女性も芯があって凜とした人ばかりだ。あなたもきっとそんなしっかりした女性なんでしょうね」

聞きながら少し心が痛んだ。

「私はそんな女じゃありませんよ。結構いい加減なところが沢山あるんです。あれは一種の願望です。本は創作だからその中ではなりたい自分になれるでしょう?」

「そうかなあ。もちろん願望もあるでしょうけど、自分の中にそういう要素があるからこそ書けるんじゃないかな?僕はそう思うよ」

恥ずかしくてうつむくしかない。


そんな風に所在なさげにしていると突然彼が言い出した。

「そうだ!お互いにそれぞれをモデルにした作品を作りませんか?僕は絵画であなたを描く。あなたは小説で僕のことを書く。どうです?面白そうじゃありませんか?

それが完成したら各々の展覧会なり賞に応募するっていうのはどう?

やりがいがあって作品作りに没頭できる。渡りに船ってまさにこのことだ!

それに僕、あなたのことがすごく気になっているんです。あなたをもっと知りたい。だから作品を通してお互いをもっと知りませんか?良いでしょう?」

と彼が興奮気味に捲し立てた。

具体的な相手を想って作品を造る。

それはものすごく恥ずかしくて勇気がいることだった。

作品で表現するということはお互いを丸裸にするようなものだ。

「そんな、突飛な話、今すぐに返事をすることはできません。お互いをモチーフにって…私もあなたもお互いをまだ全く知らないのよ?そうなるとどんな形でお互いを知るの?」

すると彼が

「何も一朝一夕に造ろうなんて思ってはいませんよ。それに造れやしない。お互いを知る方法は何も会うだけじゃない。お互いの過去の作品やイメージや妄想、推測、それらをなんでも使ってそれぞれが想うものを造りましょうよ」

「どうして私なんでしょうか?」

すると

「それは僕にもわかりません。でも創作する上で何もないフリーなテーマから何かを作り出す力が試される時があるでしょう?何だか僕にとっていま、そこにチャレンジしなくてはいけない事のように思えたんです」

最後の一言にやさしく静かな意志が滲む。

彼が真剣な眼差しをこちらに真っ直ぐ向けたまま答えた。

それは私にも言えた。

私自身、創作に対する壁にぶつかっていた。

私は話を練るのが得意ではない。

私の頭の中に想起された物語をそのまま文章に書き写す、それが私の創作スタイルだった。

そのときすべてを出し切らなくては書き終えることが出来ない。

その瞬間に書かなければ物語はスルスルッと私の腕の中をすり抜けていく。

いわば水物だった。

それはそれで瑞々しさや感情の一貫性、世界観の統一には一役買っているが、筆を休めると途端に気持ちが変わって話の続きを書けなくなる。

数ヶ月かけて書き上げる長編など元々書けない。

次のステップへ進むには、テーマを元に長い期間をかけて物語を書ける力が必要だった。


でも、どうしてこんなプロの画家が私なんかに大層な申し出をしてくれるのだろう?それもまだ2回しか会ったことのない売れない作家に…。

様々な疑念が生まれる。

もしかしたら売れない作家をこけ下ろそうとしてからかっているのかしら?

そう思うと、胸の奥に冷たい影が差した。

しかし、壁を乗り越えるためにもがいている身には願ってもない申し出だった。

私は色々詮索することを棚に上げることにした。

-疑うことはもしかしたら私の自信のなさから来ているのかもしれない。

不安な要素はかなりあるがとにかくこの作品に全力を賭けて取り組んでみよう-

そう気持ちを奮い立たせたがその先に何が待っているのか私にはまだ何も見えていなかった。


まだ迷宮の入り口に立ったばかり。

先は途方もなく果てしなく感じられたが私は既に広大な迷路を歩き出していた。


to be continue…

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