第3話 踏み出す勇気
この物語はフィクションです。
シチュエーション、登場人物はすべて空想の産物です。
彼からの突拍子もない提案から早くも一週間が過ぎようとしていた。
依然として何もアイデアが浮かばない。
気持ちは焦るが何も浮かばない。
最初の一句すら、どこにもない。
早くもスランプ確定の状態である。
焦っている時は時間も恐ろしいスピードで過ぎ去っていく。
ーテーマは何かしらー
とりあえず、彼の足跡をたどる。
Xの他にもインスタやフェイスブックも次々と見つかった。
画家というものは普段からアトリエにこもって黙々とキャンバスと向き合っている印象が強かったものだから意外だった。
そんな物静かなイメージとは対照的な、どちらかといえば陽気な彼が画面いっぱいに躍っている。
ー意外だわ。もっと内向的なイメージを持っていたけどこれじゃパリピもまっ青なくらい陽キャじゃないー
一人より複数人と写っている写真が多い。
それもパーティーやBBQなど彼のイメージからは到底想像の及ばないような場面ばかりだ。
湾岸エリア、海風に揺れる炎の向こう、緑の瓶口が夕陽を弾いた。
その中心で、彼は笑っている。輪の真ん中で。
これまで会った彼は、つねに孤を保っていた。
一人でいるのにどこか完成されているーわかりやすくいえば一匹狼的な雰囲気を常にまとっていた。
なので賑やかな場面で先頭を切り騒いでいる印象はどうしても浮かばない。
写真の並びを見るかぎり、少なくとも週一で集っている。
ーどこにそんな時間があるのかしら…ー
あまりに意外な素顔にちょっと驚きつつタイムラインを眺めているとあっという間に二時間が過ぎていた。
タブレットの画面から視線を上げると黄昏迫る空が窓越しに広がっている。
私はベランダに出て外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
そして暮れゆく西の空をぼんやり眺めながらため息をつく。
ーますます彼のことがわからなくなったわ。私の印象とSNSの中の彼。一体どちらが本当の彼なんだろう?ー
様々な考えを巡らせながらぼんやりしていると西の空はすっかり完熟して今にも落ちてしまいそうな夕陽の赤を空一面に広げている。
一体どちらが本当の彼なの?
私はもう一度、静かに自分の心に問うてみる。
徐々に自分の気持ちが見え始めた。
私は静かで思慮深い彼の方が好意的に思える。
自分にとって彼にはそうあって欲しいのだと気がつく。
ー彼には色々な一面があるはずなのにー
色々な人と交流があり色々な場所に出かけていき、色々な経験をする。
人として当たり前の日常があるはずなのだ。
それを、自分にとって都合の悪い真実を受け入れられないとなれば本当の彼を書くことはできない。
なんとなく道が照らされたような気がした。
ーまずは私が知りうる限りの彼を受け入れることからじゃないかしらー
その上でリアルな彼をもっと知っていくこと。
そうしないと本当の彼は書けない。
私は覚悟を決める。
これは子供がお互いの趣味趣向を知って行くこととは訳が違う。
本質的なところまで踏み込むことになるだろう。
人の本質を知るということは勇気がいることだ。
それに並大抵のことでは本質まで辿り着くことはない。
遥かな道のりになるだろう。
それに耐えうるだけの精神力があるか?
体が震え鳥肌が立つ。
これは夕闇の肌寒さからくるのかー挑戦への武者震いなのか?
――本当の彼にたどり着く勇気はあるか。
限りなく自問自答を繰り返しながら
今はただ薄暮の藍の中に深く沈んでいった。
to be continue…
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