偶然から始まる、必然の物語

shosuke

第1話  出会いは偶然


この物語はフィクションです。

シチュエーション、登場人物はすべて空想の産物です。



それは偶然の出会いだった。


たまたまクライアントとの打ち合わせが早く終わり、次の約束まで時間がまだあった。


待ち合わせ場所の最寄りの駅に降り立つと正面に大きなデパートがあった。

壁面には催事の懸垂幕が掛かり各地の物産展などを告知している。

その中に、ある会派の絵画展の告知が下がっていた。

待ち合わせの時刻まで一時間ある。

丁度良い時間潰しになる。

ここのところ美術鑑賞をする時間もなかった。

少しは何か吸収しなくちゃ私自身の創作もはかどらない。

そう思って美術画廊のあるフロアを目指した。


会場は美術画廊の一角を使って開催されていて、中型のサイズの絵が20点ほど展示されていた。

中央にはソファが二客配置してあり二人の男性が向かい合って話をしている。

ー画商さんかしら?ー

図録を見ながら話し込んでいる様子になんだか商談っぽい空気を感じる。


私は端から一つ一つ絵画を見て回った。

この会派は日本画の会派で、典型的なタッチの和風画や少し毛色の違う日本画も展示されていた。

その中に一つ、目を引く絵画があった。

真っ白いキャンバスの中央に雫が一粒描かれている。

その雫は作品上部に描かれた藤の花から落ちたものだ。

遠くから何となく気を引かれ近寄ってみてその訳がわかる。

藤の花は絵の具を重ね実際の花びらのように立体的に描かれている。

そこから落ちた雫も、クリスタルの中のシルバーを中心に、角度を変えて見ると七色に変化する不思議な輝きを放っていた。

不思議なのはその構図で、花も雫も大きなキャンバスの割に小さく描かれており、その絵画の七割は白で埋められていた。

アンバランスなようで絶妙なバランスが取れている。

むしろ私はその余白に心惹かれた。


「気に入りましたか?」


絵に魅入っていると背後から声がした。


振り向くと先ほどからソファで話し込んでいた二人の男性が立っており、そのうちの背の高い男性の方が私に話し掛けてきた。


私がどうしたものかと立ちすくんでいるのをみてもう一人の男性が私に言う。


「こちらはこの絵画の作者の方ですよ」


「そうなんですね。作者の方にお会いできるなんて光栄です」

私は途端に緊張して固くなる。

するとそれを感じたのか作者の男性が私に声を掛ける。

「先ほどから随分と熱心に鑑賞してくれているので声を掛けずにはいられなくなりました。どうですか?何か感じられますか?」


「素敵です。構図が大胆ですわ。好きにキャンバスを使っていらっしゃる。それにこの余白が想像を掻き立てます。ここには花があるのか?それとも女性?白の中から色々な物語が浮かんでくるようですわ」

私は感じたままを正直に告げた。


「ありがとうございます。そう言っていただくと作家冥利に尽きますよ。あなたは想像力豊かな人のようだ。そこまでの感想を言う人はなかなか居なかった」

「ごめんなさい。素人が偉そうに感想だなんて…」

「いえいえ、嬉しいんですよ。この白には僕もこだわっていましてね。良くご覧なさい。この白はただのキャンバスではないんですよ。この白は貝殻を砕いてすり潰したものをキャンバスに塗っているのです。そうすることで只の白キャンバスではなく独特の風合いが出る」

そうか!だからここまで引き込まれる白が出せるのか…。

何となくこの一見静かな絵画からエネルギーのようなものを感じた理由が分かった気がした。

ひとしきり絵画について対話をしているうちに待ち合わせの時間になってしまった。

「ごめんなさい。私、この後予定があって失礼しなくてはなりませんの。今日は貴重な時を体験出来て光栄でした。ありがとうございました」

そう礼を言うと踵を返しホールに向かって歩き出す。

すると背後から彼が

「ちょっと待って!」と声を掛ける。

「これ、僕のSNS、良かったらフォローしてください」

そう言うとXのアカウントが入った名刺を渡してきた。

「ありがとうございます。是非フォローさせていただきます」


そう言い、名刺を受け取ると私は待ち合わせ場所へと向かっていった。


家に帰ってきてバスタブで温まり、湯上がりに白ワインをグラスに満たす。

展覧会を見た後の会食は思ったより長引き、日付が変わる少し前にやっと家にたどり着けた。

ワイングラスを傾けながらステレオのスイッチを入れる。

スピーカーから甘いサックスの音色がふくよかに流れ出す。

一日の様々なものが心からポロポロと剥がれ落ちて行くのを感じる。


先ほど彼から渡された名刺を取り出した。

Xの検索窓に、記されたアカウントを打ち込む。

画面には先ほど鑑賞した絵画展に出品している旨を告知したポストが表示されている。

確かに彼のSNSだ。

私はフォローボタンを押す。

暫く彼のタイムラインを眺めていると私のアカウントに新規フォロワーの通知が届いた。

彼がフォローバックしてきたのだ。

そして同時にDMが届いた。

「先ほどの、あなたでしょう?早速のフォローありがとう。これからよろしく」

とあった。

私も

「こちらこそ、よろしくお願いします」と返す。

すると彼から

「あなたは作家さんなんですね…。どおりで作品に対しての洞察力が深いわけですね。話していてとても楽しかった。」

私はなんだかくすぐったくなって正直に返す。

「作家と言っても賞も取ったことないですし、ベストセラーもない、只のイチ作家に過ぎませんよ」

すると彼が返す。

「今は、でしょう?僕もあなたの作品を読んでみたいな。電子書籍でもあるじゃないですか!今から早速読ませて頂きますよ」

どうやらDMを打ち込みながら私の書籍を検索したらしい。

「ありがとうございます。稚拙過ぎてお恥ずかしいわ」

そう返すと、すぐに

「自身の身を削って書いた物でしょう?もっと自信を持ってください」

と返ってきた。

「そう言ってもらえると嬉しいです。ありがとうございます!」

そう返した。



それから一週間がたったある夜、XのDMアイコンに1の数字が表示されていた。

開いてみると彼からだった。

「こんばんは。あなたの本、読ませてもらいました。がんばったけどまだ3冊しか読めていません。ごめんなさい。でもどの本も素晴らしい。特に東京タワーの話は僕好みのいいお話でした」

XのDMなのにかなり長い文章が綴られているがそれを本人も気にしていたのか、最後にこう記されていた。

「XのDMだけじゃ語り尽くせない。良かったらまた会いませんか?」

思ってもみなかった誘いに私は少し興奮気味で返信をした。


「私もお会いしたいです」


to be continue…


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