山裾の村

 「村だって?そんな馬鹿な…。」


アルは空を飛んでる豚がいるとでも言われたかのような顔をしながらエナの指さす先を見た。


「っ…⁉」


アルにその空飛ぶ豚に殴られたかのような衝撃が走る。


「やっぱり村だよね?」

「そんな…嘘だろ?」

「嘘か真か、行ってみればわかるよ!ほら?ね、早く行こう!」


エナは鞄を持ち上げるとアルたちを急かす。


「いや、その前にこいつをどうにかしないと。」


なんとカリタスは未だに赤く光る苔を取りに迷路に戻らせてもらえなかったという事にひどく憤りを感じているようだ。

寝袋の上で体操座りをしたままぴくりも動かない。リキが心配そうにその周りをうろうろと回っていた。

…今から黒魔術でも始めるのかなって言う重い空気だ。


—カリタスは薬関係になると本当に面倒くさいし手の付けようがないし、ねちっこい。


何度目かわからないセリフだがこういう光景を見るとエナはつくづくそう思うのだった。


「あの…カリタス…?」

「…おい。」


エナの言葉を遮ってアルが口を開く。


「魔の森から先はパトローナス大陸に住むものでさえ足を踏み入れたことがないんだ。しかもこれから向かう山は神獣の眠る山だぞ?誰も見たことのない希少な薬草が眠っていてもおかしくない。」


アルの言葉を聞いてカリタスがガバッと起き上がる。


「さあ!早く行きましょう。」


カリタスは自分の寝袋を乱雑に(カリタスの尊厳を守るために言っておくがこの光景は非常に珍しかった。カリタスは几帳面なのでいつも綺麗に寝袋を片すのだ)鞄の中に突っ込んで立ち上がるとどこにそんな元気があったのかと思う足取りで歩き始めた。


「現金な奴…。」


アルが呆れたように笑う。

まるで実の母親のようにカリタスを簡単にその気にさせたアルにエナは感激した。


「ありがとう、カリタスのお母さん。」


エナは感謝の気持ちでいっぱいになりながらアルの手を握ってぶんぶんと振る。


「冗談じゃない!だれが母親だ!」


アルの怒声が野原に響いた。



 見間違いではなく村は実際にそこに存在していた。

エナは褒めそやしてもらおうと、どや顔でアルたちを見るが全員エナなんて眼中になかった。

カリタスはもう希少な薬草(あると決まったわけでもないのに)のことで頭がいっぱいでみんなを置いてリキと足早に先へ先へと進んでいる。(なんなら村を認知してるのかも怪しい)アルは毛皮のコートのフードを深くかぶり顔が見えないようにしてなにやら周囲を警戒してるし、スピーヌスと言えば安定のザ・無関心だった。

 

 

 小さいながら賑やかで温かな村だった。

雪が薄っすらと積もった石の道。村の真ん中は広場になっていて、焚火を囲んで七つほどの子供たちがはしゃいでいる。鬼ごっこだろうか?頬を赤く上気させながら一生懸命に走るその姿は何とも言えず愛らしい。

木々で作られた家々の片隅には大小様々な雪ダルマ。

バケツの帽子、枝の手、毛糸のマフラー、家ごとに見た目の違う雪だるまたちは見ているだけでワクワクと楽しい気持ちになった。



「ばあちゃん、この間頼んであった毛糸のセーターできてるかい?」


年期の入ったジャケットを羽織った四十代の男が果物屋の老女に話しかけていた。


「ああ、できてるよ。」


老女は裏から毛皮のセーターを持ってくる。小さな赤色のセーターだった。


「いや、助かったぜ。ほら、俺裁縫できねえだろ?うちのがきんちょが手作りのセーターほしいって言うから困ってたんだよ。」


照れくさそうに笑う男を見てエナは自分の父のことを思い出した。


「ばあちゃん、これもらってくぜ。」


突然、路地裏から出てきた十歳ほどの少年が林檎を三つほどかっぱらって走り去っていった。

ぶかぶかでサイズのあっていない茶色のジャケット、汚れた手と頬。少年は見た目こそ哀れであったが元気溌剌としており、まるで小さな太陽だった。

焚火の周りで遊んでいた子供たちは少年を見ると嬉しそうに走り寄った。少年は果物屋から頂戴した林檎をポケットから取り出したペティナイフで切り分けて子供たちに分け与える。


「またクラルスか。」


クラルスを睨む男の表情はどこか楽しげだ。


「困ったもんだよ、今週でもう十個目さ。」


そういう老女も温かな笑みを浮かべていた。


焚火の周りでは再び鬼ごっこが始まっていた。今回はクラルスが鬼らしい。彼は年下の少年少女を手加減なしでじゃんじゃん捕まえていく。

ずるいよクラルスお兄ちゃん、と少年たちは文句を言ってクラルスに飛びついた。

そこから今度は初めの合図もなしに押し合いっこの勝負が始まる。

クラルス対子供たちだ。

少女たちは押し合いっこをする男の子たちの周りできゃっきゃと歓声を上げていた。


エナはその光景に温かくもどこか物悲しい気持ちになった。それはもう届かない過去を思い出したからかもしれない。


「ねえ、今日はここで宿をとろうよ。」


エナの提案にカリタスは振り返って首を振る。


「駄目ですよ、神獣の眠る山はもうすぐそこなんですから先に進まなくては。希少な薬草のこともありますし。」


—こいつ、希少な薬草の事しか頭にないな


「アル…。」

「私もカリタスに賛成だ。」


アルは間髪入れずにそう答えるとフードをぎゅっと下に引っ張る。そんなことしても顔はもう十分見えないのだが。

エナはため息をつく。どうやら今はこの村を通り過ぎるしかなさそうだ。


「せっかくいい村なのに…。幼いころに夢見た理想郷みたいじゃない?」


もちろん、エナの言葉に返事はない。

各々が自分の事しか頭にないのだ。おっと失礼、スピーヌスは別に自分の事しか頭にないからエナを無視したのではなく、通常運転ゆえの無視であった。



 広場の横を通りすぎるときエナは不意にゾクッとして立ち止まった。


—見られてる


エナは思わず周囲を見渡す。誰もエナたちの事なんて見てなかった。


—でも、見られてる。


エナはその時初めて気が付いた。

スピーヌスの手が先ほどからずっと腰の剣の柄に置かれていることに。



森を蠢いてエナたちを探していた、迷路で夜を明かそうとしたとき生暖かい風と共に通り過ぎていったあの何か。

今、は今までよりもずっと近くでエナたちを見ていた。

エナの足取りは先ほどよりもずっと早くなった。それこそ“希少な薬草”に夢中なカリタスよりも今は早くこの村を出たかった。


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