消えた地図Ⅱ
覚悟していたよりも寒くないな、と思いながら目を覚ますとエナはその理由がすぐに分かった。
朝になるといつもなら消えかけてしまう焚火の火が今日はまるで今しがた薪をあげたかのように燃え盛っている。
「…。」
エナは目を擦りながら周囲を見る。
—あっ…行ってしまったのね…。
昨日の夜少女がいた場所を見れば、そこにはもう誰もいなかった。
そっと手を伸ばして触れてみるとまだほのかに暖かかい。
出発したのはついさっきみたいだ。
きっとこの焚火は彼女がここを去る前に薪を焼べていってくれたのだろう。
どこまで行っても木、木、木、木…。
「ねえ、私たち今どの辺にいるのかな?」
エナは前を歩くカリタスに声をかける。
まあ後ろからだと彼女に声をかけているというよりはその馬鹿でかい鞄に声をかけている気分なのだが。
「さっぱりわかりません。西にむかってるのは確かなんですが。」
自分のコンパスを確認しながらカリタスはため息をつく。
「私なんてもう前に進んでるのかもわかんないよ。」
「それは重症ですね。」
「魔の森って言ってたよね…。地図では茶色に塗られてたけど実際にここから魔の森ですって見分けのつく何かはないのかな?石像とか大岩とか…」
エナは地図を確認しようと自分の内ポケットに手を入れる。
「…」
青ざめてもう一度内ポケットに手をつっこんだ。
—いや、右側か?右の内ポケットに手を入れる—懐中時計しかない…。
表側のポケットだったかな?左、右…
「ない…。」
「え?」
「地図がない。」
エナの言葉にカリタスは目を見開く。
「鞄の中は?ああ、もしかしたらローブの方のポケットに入れたのかもしれませんよ。」
カリタスに言われるがまま鞄の中を、毛皮のコートを脱いでローブのポケットを確認するがどこにもない。
「どうしよう…ない。」
エナは足が震えた。
「…落としてきたんでしょうか?私、野宿した場所を確認してきます。」
「そんな…私も行くよ。」
「大丈夫です、私一人で。エナさんはもう一度鞄の中とかを確認しといてください。」
カリタスはばっと振り返ってリキの方を見る。
しかしリキは昨日のことをまだ根に持っているみたいだ。
鼻に皺をよせて低くうなると彼女に背中をむけてしまった。
リキの様子にカリタスは深いため息をつくと自分の背中から重い鞄を下ろした。
ドスっという振動音を聞いてリキの耳がぴくぴくっと動く。
カリタスはごそごそと中を漁ると十センチほどの瓶を取り出した。中には赤茶色の何かの肉が詰められている。
「何?それ。」
「鹿肉です。私の家の近くでとれる鹿で他の鹿に比べてかなり長い間肉が腐敗しないのが特徴なんです。」
カリタスは瓶の蓋をうん、うん言いながら開けようとする。
しかしなかなかうまくいかないみたいだ。
「開けよっか?」
「…すみません、お願いします。」
キュ…パカ。
思っていた何倍も蓋は簡単に開いた。
「ありがとうございます。」
—握力弱いな
カリタスに返しながらエナはそう思った。
「はい、リキ。これ…。」
カリタスが皿に鹿肉を置くとリキのしっぽが一瞬持ち上がる。
しかしそんなものでは俺の機嫌は直らんとでも言いたげにしっぽはすぐに下がった。
仕方なくカリタスは保冷瓶よりミルクをお椀に注ぐ。
リキはミルクが注がれると慌ててカリタスのもとにやってきてお座りをした。
無事機嫌を直していただけたらしい。
口の周りに着いた血とミルクを綺麗に舌で舐めとり終わると、リキはしゃあねえな、とでも言いたげな顔をして地面に伏せた。カリタスが慎重に上に乗るとリキは立ち上がり、今来た道を駆けだす。(その早いことといったら!周りに風が巻き起こるほどであった)
その後ろ姿を先ほどまで我関せずと木の根元に座り込んでいたスピーヌスが羨まし気に見送っていた。
「有った?」
三十分ほどして戻ってきたカリタスをエナはすがるように見る。
「いいえ…。」
カリタスはリキから降りながら(しっかり描写するならずり落ちながら)首を振る。
「ああ、私いったいどこで落としちゃったんだろう。」
エナは泣きそうになるのを唇をかみしめてこらえる。
カリタスは自分の下唇を中指で押し当てるように触りながら何かを考えている様子だったがしばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「あの、これはただの憶測なのですが…もしかして昨日の方が地図を盗っていったのでは。」
「そんな…どうして地図なんか盗っていくの?」
「あの方、やたら神獣の話に食いついていましたよね。あの地図が他と異なるのは神獣の眠る場所が描かれているという点です。だからもしかしたら彼女が盗っていったのではないかと。」
エナは昨日の少女のことを思い出す。確かに彼女は異様なほど神獣の話に興味を持っていた。
「どこにも地図がないとなるとその可能性が一番大きいと私は思います。だから…だから今はこのまま西に進み続けましょう。」
カリタスの言葉にエナはこくんと頷く。もし彼女が本当に地図を盗った犯人ならきっと神獣のもとに向かっているはず。
今はあの少女が持っていったことと信じて進むしかない。
—西へ、神獣の眠る地へ
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