お代は要らない喫茶店

御金 蒼

お代は要らない喫茶店

 大阪メトロ〇〇線「 」駅、地下鉄6番出口すぐ。

 左に進んだ煉瓦の壁に、その呼び鈴はありました。


 チリリリン リンリン


 小鳥のように鳴く呼び鈴。

 それは、必要な者の訪れを報せていたそうです。


 綺麗な音が終わると、呼び鈴も煉瓦の壁も無く、虹色の小さなビー玉達が嵌る道の両脇に、8つのお店。


 違和感を覚えつつ懐かしい目線で、艶々の木のドアを押しますと、蝶ネクタイの大きな栗鼠がいました。


「いらっしゃいませ」


 幾つも吊るされたヴェネチアン硝子の洋燈が、木のカウンターと花柄クロスのテーブル達を照らしています。


「此処は、貴女の食べたい物があるお店です」


 桃色の薔薇のテーブルに案内され、栗鼠に椅子を引かれました。


 私の手足、短ない?


 違和感。けれど「すぐお料理お持ちしますね」という声に、素直に頷いていました。


 注文未だやのに。


「お代は要りません。栗鼠ですから」


 暫くして、料理がやってきます。


「たらこパスタと、ガーリックライスおにぎりです」


 ケーキやグラタンのような、お洒落な物が来ると思っていました。パスタはイメージ通りですが、おにぎりは意外です。しかも野菜無し。


「どうぞ ごゆっくり」


 ぐうぅとお腹の虫が鳴ったので、パスタを口へ。

 もちもちの麺に、たらこがオイルと手を繋いでます。


『ちゃんと食べなさい』


 誰かの声が聞こえたような?


『ダイエットでも、ご飯抜くんちゃうの。はいカロリー!』

『栄養取らへんと倒れるやろ』


 懐かしい声でした。

 おにぎりを齧ります。ウィンナーと玉ねぎが、甘い油とガーリックでお米に絡んでいました。


『アンタは食べるんが本当に好きやな。幸せそうな顔してるわ。いっぱい食べや』


 ポロポロと涙が出ました。


 お母さんがよく作ってくれたご飯。でも私は、もう食べられない筈でした。


 思い出しました。今は子供の姿をしてますが、本当はもう私は大人です。

 階段で、後ろから走ってきた人にぶつかられ、落ちて死んだのです。


「美味しぃ、美味しぃ」


 大好きなご飯を食べられず、家族にもう会えない事が悲しく、いつの間にかそれすら忘れ……こんなに小さくなるまで彷徨ったのです。


「また、いつでもお作り致します」


 栗鼠に手を振られ店を出ると、仙人のような服の女性が立っていました。

 直感的にその手を取って道を抜けます。

 振り返れば、最初に目にした煉瓦の壁と呼び鈴。


「お姉さん、あそこは何やったんです?」

「あそこ? アンタみたいな神様の卵が少しお休みするとこや」

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お代は要らない喫茶店 御金 蒼 @momoka0729

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