第4話 幽霊を計測せよ

 高町の指示で無人の診察室にストレッチャーを運び、救急隊員は部屋を後にする。

 息の荒い高町が守崎に問いかけた。

「んで、守崎、一体どうやって麗さんの診察をするつもりなんだ?お前さんのことだ。何か勝算があるんだろ?」

「ああ。麗さんは心房中隔欠損症手術を受けて以降、意識が戻らないならば幽霊の方にも同じ症状が出ていると予想している。実体がない以上、X線やCTで胸部の画像を撮ることは期待できない。だからこれを使って診察する」

 事前に用意していた先端に磁気センサが取り付いたケーブルの束をカバンから取り出す。だが、これには高町も澄香も疑問を感じた。

 心電図(ECG:Electro Cardiogram)とは心臓の筋肉が収縮と拡張の際に生じる微弱な電気信号を測定し、心臓の一周期を記録したものである。発せられる活動電位は心臓の各部位で異なるため心電図で示されるP波(心房の収縮)、QRSコンプレックス(心室の収縮)、T波(心室の弛緩)の特徴からどの部位に異常があるかを診断できる。

 心電図は筋収縮による電位、即ち微弱な電気を測定する手法であり、必要なのは磁気センサではない。

「美玲さん、改めて確認しますが麗さんの幽霊はスプーンを揺らして返事をしたと言っていたな」

「は、はい。そうです。スプーンの揺れで意思疎通をしているとしか思えませんでした」

「俺は、あれがローレンツ力による揺れだと確信した。実体のない幽霊が物に干渉する方法は、それしか説明がつかない。つまり幽霊は磁場に干渉できる可能性がある。もしそうだとしたら、幽霊の磁気はセンサで認識できるはずだ。だからこの磁気センサを使って麗さんの心拍を測る」

 守崎の説明に美玲たちは希望を抱き、早速、心電の計測に取り掛かった。

 ――しかし、守崎の目論見は外れることとなる。

 幽霊が発する心音は波形で捉えようとするには、ノイズが多過ぎた。ジグザグの乱れた波形を見て高町は呆然とする。

「おいおい、これじゃ心電なんかみれねーぞ」

 ノイズまみれの信号を前に守崎は次の方法を考えあぐねいていた。診断ができない状態で、思い込みだけで執刀を行うわけにはいかない。どんな方法でも構わないが麗の幽霊が本人同様、心房中隔欠損症を患っている確証が必要だった。

「幽霊が磁場を発生させていること間違いないんだ。一体どうすれば……」

 実体のない患者に守崎命は当惑を隠せなかった。王立大病院から運び出している手前、あまり時間の猶予もない。刻一刻と迫るリミットに焦るばかりだった。

「諦めないでください。守崎先生、きっと何か方法があるはずです。私は"神の手"を持つ守崎先生を頼りにここまできました。先生なら必ずお姉ちゃんを助けられるはずです!」

 切実な、祈りにも似た美玲の声が計測室に反響した。守崎はその声に呼び起こされたようにハッとする。

「神の手……そうだ。Saverだ。Saverの力覚デバイスを診察に使う!触診なら心拍が測れる!」

 暗闇に一筋の光明が差し込むかのように守崎はわずかな可能性を見出した。Saverに磁気センサをつけ、その信号を守崎の指にフィードバックする作戦だった。いわばSaverで触診するということだ。

 Saverには磁気センサは備わっていない。しかし拡張機能によるAI補正でそれは原理上可能だった。

 セッティングが完了し、試しにSaverの前に磁石を置いてみる。

 守崎がSaverで触れると、一定の空間を残してアームが止まった。

 「これなら……Saverなら麗さんに触れられる。成功だ」

 執刀の準備が整った合図だった。

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