ゼロからの存在編集
@DannyLoyal
第1話 「終焉を告げる、ありふれた日常」
夕暮れが東京をオレンジ色に染め上げる。高校生たちが学校から家路につき、ゲームや漫画の世界に飛び込もうとする至福の時間だ。黒田蓮は、ゆっくりとリュックを背負って歩いていた。常に少し倦怠感を帯びたその黒い瞳は、時折、道端のコンビニから漂ってくる唐揚げの匂いをちらりと見やり、心の中で密かに計算する。
(うーん、帰ったらまず『虚空の狩人』を1ゲームやろう。新しいダンジョンのボスは手ごわいらしい……けど、その前にソファに寝転んでボーッとするのもいいな。5分……いや、10分……それに冷たいコーラがあれば、人生完璧だ。)
彼の内面は、その外見からは想像もつかないほど豊かだった。彼の目には、この世界はすべてあらかじめ設定されたゲームのように映り、平凡でつまらなかった。彼は情熱に燃え、冒険を求めるような少年ではなかったし、世界を救うような壮大な野心も持っていなかった。彼はただ、メインストーリーを淡々とクリアし、エンディングを迎えてログアウトしたいだけの、ごく普通のプレイヤーだった。手首には、シンプルなデザインのデジタル腕時計。画面に時間と日付が点滅している。それが、この平凡な世界と彼をつなぐ唯一の具体的な接点だった。その時計は両親からの誕生日プレゼントで、余計な機能が一切なく、彼の性格そのものだった。
しかし、ゲームクリアのファンファーレは鳴り響かず、代わりにこの世界に属さない、予期せぬ白い光が空から降り注いだ。
その光に温度はなく、音もなかった。ただ突然、彼を包み込んだ。耳障りなブレーキ音もなく、トラックのヘッドライトの眩しさもなかった。まるで誰かが世界の「削除」ボタンを押したかのようだった。すべてが瞬時に純粋な白さに飲み込まれた。喧騒に満ちた通り、そびえ立つ高層ビル、そして彼の体までもが一瞬で光の粒となり、急速に溶けていった。黒田蓮は、まるで古いコンピューターが強制終了されるかのように、意識が急速に引き抜かれていくのを感じた。彼は恐怖を感じる暇もなく、意識は底なしの闇に落ちていった。
再び意識を取り戻した時、まず感じたのは、湿って冷たい苔が頬に触れる感触と、久しぶりに嗅ぐ、土と植物の自然な香りだった。空気には、どこか冷たく、ほんのり甘い香りが漂い、東京の常に車の排気ガスとファストフードの油煙が混ざった空気とは全く違っていた。
彼はかろうじて目を開けると、目に飛び込んできたのは、薄暗く原始的な森だった。巨大な古木が空を覆い、幹には名も知らぬツタが絡みつき、樹冠は雲に届くほど高くそびえていた。葉の隙間から差し込むまばらな光が、地面にまだらな光の模様を作っていた。彼は深く息を吸い込むと、その澄んだ空気が魂を洗い流すようで、張り詰めていた神経が少し和らいだ。しかし、遠くから聞こえてくる野獣の低い唸り声が、この土地の支配を告げるかのように響き、彼を一瞬で現実に引き戻した。
「……マジで転生したのか?」彼はつぶやいた。手首のデジタル腕時計はまだ存在していたが、画面には意味不明な文字が羅列されていた。彼は体を起こそうと奮闘し、制服が少し汚れている以外、怪我の兆候はないことに気づいた。頭についた落ち葉を払い、思考をクリアにしようとした。
(この展開、あまりにもベタすぎる……でも、トラックに轢かれるよりは、この無痛転生の方がマシかな?少なくとも入院費や保険金の心配をしなくていいし。)彼は無意識に心の中でツッコミを入れ、そうすることで内心の衝撃を和らげようとした。彼は典型的な矛盾した人間だ。外見はだらけているが、内心ではどんな突発的な状況にも、奇妙な角度から対応策を見つけ出すことができる。
その時、「グニュグニュ」という音が草むらから聞こえてきた。彼がじっと見ると、透明なゼリー状のスライムが木の陰から這い出てきた。特徴のないその顔には、赤い二つの眼球が彼をじっと見つめ、ねばねばした涎を垂らしており、吐き気を催すような酸っぱい匂いを放っていた。
「スライム?本当に王道な始まり方だな……」黒田蓮がツッコミを終える間もなく、その軟体モンスターは猛烈な勢いで加速し、気持ち悪い粘液を撒き散らしながら彼に襲いかかってきた。その生き物は弱そうに見えたが、鼻をつくような腐敗臭と本能的な危機感が、これが冗談ではないと彼に告げていた。
彼は反射的に後ろに避けようとしたが、体はまるでその場に張り付いたかのように、全く動けなかった。彼は危険が急速に迫ってくるのをはっきりと感じた。ベタベタした冷たい感触が、すでに彼の制服に触れていた。死の影が、初めてこれほどまでにリアルに彼を捉えた。彼は無意識に目を閉じ、歯を食いしばり、心の奥底から強い抵抗感が湧き上がった。――ここで死にたくない、こんな形で終わりたくない。
その危機一髪の瞬間、言葉では言い表せないほど強力な精神力が、彼の脳の奥深くから突然爆発した。この力はとても見知らぬものだったが、同時にとても馴染み深い、まるで彼に生まれつき備わった本能のようだった。ただ、あの平凡な世界では、決して目覚めることがなかっただけなのだ。彼は勢いよく目を開けた。常に倦怠感を帯びていたその黒い瞳が、この瞬間、すべてを貫くかのように鋭さを増した。彼はその気持ち悪いゼリーの塊を睨みつけ、脳裏に浮かんだのは、最も単純で、最も純粋な思いだけだった。
「消えろ。」
たった一言。彼のすべての精神力を込めて、その軟体モンスターの「存在」に直接作用させた。次の瞬間、信じられない光景が繰り広げられた。そのスライムの体は、まるで消しゴムで消されたかのように、輪郭から少しずつ光の粒となり、最終的に空中に消えていった。残されたのは、地面の小さな気持ち悪い粘液の跡だけで、それがかつて存在した証拠だった。
莫大な精神力の消耗で、黒田蓮は目眩を感じ、へとへとになって地面に座り込んだ。彼は大きく息を吸い込んだ。手を上げて、手のひらを見つめ、その瞳には驚きと困惑が満ちていた。彼は今起こったことを思い出そうとした。あの力、すべてを虚無に帰すあの念は、あまりにも鮮明だった。彼は本能的にこの能力を習得したようだ。まるで呼吸をするように自然に、ただ、あの平凡な世界では、それが発動されることがなかっただけなのだ。
「存在編集」……これが、彼が手にした、万物の本質を書き換える能力なのだろうか?
彼がこの突然の能力をまだ消化しきれていない時、木の葉がカサカサと揺れる音が聞こえてきた。白い魔法使いのローブを着た小柄な少女が、巨大な古木の陰から出てきた。彼女は滝のように流れる銀色の長い髪を持ち、薄暗い森の中で柔らかな光を放っていた。燃え盛る炎のような真紅の瞳は、警戒心と、ほんの少しの驚きに満ちていた。彼女は巨大な魔晶石がはめ込まれた杖をしっかりと握りしめ、慎重に近づいてきた。
「あなたは一体、何者ですか?」少女は警戒し、少し高慢な口調で尋ねた。「今の魔法は何?なんて下劣な手段で、魔物の核まで直接分解するなんて!」彼女の声は澄んで美しかったが、その口調に隠された傲慢さは明白だった。
黒田蓮は顔を上げ、気だるげに彼女を見やった。彼はこの少女が自分と同年代であることに気づいた。小柄な体格にもかかわらず、彼女から放たれるオーラは非常に強かった。彼は彼女の敵意に満ちた質問を無視し、逆に質問を投げかけた。
「俺はただの通りすがりの人間だ。あんたは誰?」黒田蓮の口調は平淡で、敬意のかけらもなく、リリの顔から傲慢さが一瞬で消え去った。彼女はこんな口調で話しかけられることは、今まで一度もなかったようだった。
「フン、無礼者め!」軽んじられたことで、少女の頬は少し赤くなったが、すぐに高慢な態度に戻った。「よく聞きなさい、私は白石リリ、エランティス魔法学院のエリート魔術師よ!学院の魔物調査任務を遂行中なの。あなたのような素性の知れない者は、私のテリトリーに近づいてはだめ!」彼女は誇らしげに胸を張り、手にした杖がかすかに魔法の光を放った。
「万物の基本となる存在を抹消する、あんな邪悪な魔法は見たことがないわ……一体どうやってやったの?」彼女は再び問い詰めた。その口調には抑えきれない好奇心が混じっており、彼女をよりいっそうぎこちなく見せた。
「ただ、消えろって思ったら、消えたんだ。」黒田蓮は肩をすくめた。彼は完全に事実を言っていたのだが、このあまりにも気軽な言葉は、リリの表情を硬直させた。彼女が誇りに思っている魔法の知識は、これが不可能であることを告げていた。いかなる魔法も、元素の保存とエネルギー変換の法則に従う。たとえ最高位の空間魔法でも、物体を転送するだけで、何もないところから消し去ることはできない。
「馬鹿げてる!どんな魔法も詠唱、魔法陣、あるいは媒体が必要よ!あなたのような我流は、魔法と呼ぶに値しない!」リリは誇らしげに胸を張り、黒田蓮の能力を軽蔑した。彼女は、それを今まで見たことのない特殊な邪術だと考え、自分が高く評価している魔法体系とは全く異なる力だとは認めたくなかった。彼女は、これが古代の邪教の秘術だと信じる方が、自分たちが誇る魔法体系にこれほどの盲点があることを認めるよりもずっとましだった。
しかし、彼女の言葉が終わるやいなや、さらに巨大な唸り声が、その軽蔑の空気を打ち破った。その唸り声には、不吉な歪みが含まれており、周囲の木々が震えるほどだった。まるで、それらの基本的な構造が崩壊しているかのようだった。リリの顔色が一変した。彼女はこの音をよく知っていた。これは「侵食」の力が、万物の「存在」を歪めている音だった。
遠くから、巨大な黒い影が驚くべき速さで彼らに向かって突進してきた。それは巨大なイノシシだったが、その体には黒い亀裂がびっしりと走っており、不吉なオーラが絶えず亀裂から溢れ出していた。その双眼は血のように赤い光を放ち、巨大な牙からは黒い液体が滴っていた。通り過ぎた場所の草花は、まるで何らかの無形の力に腐食されたかのように、瞬く間に枯れていった。
「『侵食』された魔物!?」リリの顔色が瞬時に変わり、彼女の傲慢さは完全に消え去り、代わりに恐怖と厳粛な表情になった。彼女はすぐに杖を掲げ、口の中で古の呪文を唱え始めた。杖の先端の魔晶石がまばゆい光を放った。
「聖なる炎よ、我が名のもとに、穢れを焼き尽くせ!」彼女は叫び、巨大な火球が彼女の目の前で急速に凝縮し、灼熱の熱を帯びてそのイノシシに向かって飛んでいった。
しかし、火球はイノシシの体の黒い亀裂に接触した瞬間、底なしの湖に石を投げ入れたかのように、音もなく、静かに消え去った。爆発も、燃焼も、焦げ付いた跡さえも残さなかった。
「くそ!『侵食』の力が私の呪文を分解している!」リリは歯を食いしばった。莫大な精神力の消耗で、額に汗がにじんでいた。彼女の呪文は物理的・エネルギー的な攻撃を目的としていたが、「侵食」は「存在」そのものへの歪みだった。これは全く異なる次元の力だった。彼女が誇りに思っていた火の魔法が、この力の前に、これほどまでに無力だとは。
イノシシの巨大な体が猛烈に加速し、まっすぐにリリに突進してきた。その血のように赤い目には、狂気と破壊欲が満ちており、目の前の二人のちっぽけな人間に興味津々といった様子だった。リリは絶望的に眼前の光景を見つめた。手の中の杖が、ひどく重く感じられた。
「避けろ!」黒田蓮は叫び、彼の体は本能的に飛び出していた。彼は何の呪文も唱えず、派手な能力も使わなかった。ただ、魔物がリリの目の前に突進してきた瞬間に、手を伸ばし、イノシシのひび割れた額に触れた。
「無害化。」彼は低く言った。
光の効果も、音もなく、イノシシは苦しそうに一鳴きすると、その体の黒い亀裂は瞬時に消え去り、血のように赤い目も澄んだものに戻った。それはまるで普通のイノシシのように、その場にぼんやりと立ち尽くし、その瞳には困惑が満ちていた。それはもはや「侵食」された怪物ではなく、ただ森で道に迷った野獣だった。
「リリ!」黒田蓮は、まだショックを受けている少女に、大声で呼びかけた。
リリは一瞬呆然としたが、エリート魔術師としての本能が彼女を瞬時に反応させた。彼女は杖を構え、複雑な呪文を唱えることなく、指先から単純な火の玉を放った。
「ドォン!」
火の玉は正確にイノシシの体に命中した。リリが手も足も出なかった「侵食」の魔物は、悲鳴を上げ、地面に倒れ、光の粒となって消散した。
リリは地面の光の粒をぼんやりと見つめ、ゆっくりと黒田蓮に視線を移した。彼女の銀色の長い髪はそよ風に揺れ、その高慢な赤い瞳には、信じられない思いと困惑が満ちていた。
彼女には理解できなかった。彼は詠唱もせず、魔法陣も使わず、そして以前のように魔物を直接消し去ることもなかった。彼はただ「無害化」と一言言っただけで、彼女には対抗できなかった「侵食」の魔物を、瞬時に普通のイノシシに変えてしまったのだ。これは、彼女の知るすべての魔法理論を超えていた。彼女が誇りに思っていた魔法の知識は、この異世界から来た少年を前にして、あまりにも無力に見えた。
リリは杖をしまい、誇り高い姿勢は瞬時に崩れ去った。代わりに、彼女自身も気づいていない敬意がわずかに見られた。彼女は、平凡で、むしろだらけているように見えるこの少年を見つめ、声はほとんど聞こえないほど小さく、少し震えながら言った。
「あなた……一体、何者なの?」
黒田蓮は答えず、ただ静かに彼女を見つめていた。その瞳には何の感情の波もなかった。彼は知っていた。この異世界での旅は、もはや彼が想像していたような、穏やかにクリアできるものではなくなったのかもしれない。彼の手首の腕時計の画面に表示された乱数文字列は、何らかの未知の信号を点滅させているようだった。それは、どんなゲームのダンジョンよりも複雑で危険な挑戦が、彼を待ち受けていることを示唆していた。そして、彼こそが、この世界で唯一の「クリアラー」なのかもしれない。
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