最終話 秒で恋してた(16×26)
高校一年の秋。
紅葉が綺麗な街道をバスが走る。
わたしはぼんやりと、景色とスマホを交互に見ていた。
高校生活は楽しい。
バズった話とか恋バナでありえないくらい盛り上がるし、カラオケにも行けるし、新しい景色がどんどん広がっていく感じ。
バイトも楽しい。みんないい人で親切だし。
ちょっとマウント取るような、ウザがらみしてくる男の先輩もいるけど。
「……ん」
バスが段差で揺れ、小さな声が漏れた。
スマホに目を落とすと、見るのはこれまでのわたしの写真。
幼稚園から中学、あと高校で撮りまくった友達とわたしがいっぱい詰まってる。
自分で見てても可愛いと思う。小中とアイドルでも通用してたよこれ。
だって実際モテてたし。今だってさ。
動画配信しとけばよかったかな? お兄ちゃんをマネージャーとかにしてさ。
「……」
そう。
見てるのは自分の姿じゃない。いつも近くにいたお兄ちゃんの姿。
性格と中身は超絶【難あり】だけど、救いなのは顔と声だけはカッコイイところ。
あと、ちょっとだけ優しい。ちょっとだけ。
お兄ちゃんのことを聞かれると、つい、中身はニートでザコで短気でクズで重課金者だって言っちゃう。
今はニートって、使えなくなっちゃったか。
イヤホンから流れてくる少し古い音楽。
ボリュームを上げて聞き入る。
流れる窓の景色が、フィルムのように昔の記憶をセピア色に映し出した。
――幼稚園のころ。
覚えてるよ。よくファミレスでパフェ食べたよね。
あの時が一番トゲトゲしてたんじゃないかな。
小学生のころだって覚えてる。
バイト代使ってビデオカメラなんて買ってさ、運動会来てくれたよね。
お兄ちゃんと一緒に食べたお弁当、おいしかった。
今でもおかずの種類全部言えるの凄くない?
クレーンゲームでクッション取ってくれたことも、お守りをあげたことも、卒業式の日に来てくれたことも。ちゃんと写真にも記憶にも残ってる。
クッションをぎゅーってしておいて、お兄ちゃんの部屋に置いておくのがなんとなく好きだった。
あのお守りは……まだ子供でよくわかってなくて間違っちゃったけど、お兄ちゃんはバカだからそれを大事にしててさ。仕事上手くいくお守りだって。
笑っちゃうよね。
心配し過ぎて怒った日もあったなあ。
だって、ずっとお兄ちゃん変わらないままなんだもん。
中学生のころ、一緒に海に行った日は楽しかった。
あの水着、頑張って着たんだよ。めちゃくちゃ恥ずかしかったんだからね。
海に行ったのをきっかけに会う頻度が増えたから、うん、頑張ってよかった。
買い物とか映画館とか遊園地とか連れてけって言えば「めんどくせえ」って言いながら連れて行ってくれた。お兄ちゃんの運転の練習にもなっただろうし。感謝してほしいくらい。
あと、初めて助手席に乗ったのはわたし。わたし専用にカスタマイズしてる。
今思えば、わたしの席だってマーキングしてたのかも。浮かれすぎ。
そういえば……あのビデオカメラ、今でも持ってるのかな?
お兄ちゃん、向こうでもあの車に乗ってるのかな?
もしかして向こうで彼女さんができて、そこはもうわたしの席じゃなくなってるのかも。なんて――意味もないことが頭を掠める。
お兄ちゃんが向こうに行って何日か後に、「頑張ってね」とメッセージを送ったきり連絡はしてない。お兄ちゃんからの「おう」の返事に既読をつけたまま。
何度も送ろうとしたけど、仕事の邪魔になっちゃうからとか、色々考えて何もできなかった。もちろん、わたしも忙しいのもあったし。
「半年かあ。……頑張ってるじゃん。お兄ちゃん」
バスから降りると、乾燥した冷たい風が木々を少しずつ裸にしてきている。
冬の気配を顔を見せ始める。薄着だったからぶるっと震える。
そういえば、寒い中ずっとお兄ちゃんを待ってた日もあったよね。
あの時は最悪だったな。
その日以来、お酒は飲まなくなったからまあいいんだけど。
薄い雲で覆われる薄紅色の空を見上げる。
「そろそろ……連絡くれてもよくない?」
風の音でごまかすように今の感情を口に出してみた。
「もしかしてわたしからの連絡待ちだったりするわけ? うわ、それマジでありえる……。だとしたらわたし、失敗してるかも……」
ええー……。
ふつーに未読無視とかするやつだもん。十分ありえる。
じゃ、じゃあ、今からでもメッセージしなきゃじゃん。
でもなんて打てば……?
友達に相談してみよっか?
いやいやいや、こんなの言えないよ。
お母さんに聞いてみる?
それはマジでない。だめだめ。
自撮りして、写真送る?
そんなの自己アピ過ぎて死ぬ。
お兄ちゃんのところ行っちゃう?
うわーー、なに言ってんだ。論外!
『久しぶり! ちゃんと仕事してるの?』
久しぶりって、だっさ! 却下!
『いつ帰ってくるの?』
わたしが待ちきれないみたいじゃん! 却下!
てかもう、時間経ち過ぎてなんて言ったらいいかわかんないんですけど!!
こっちから送る時点で、私が寂しがってるみたいになっちゃうじゃん!!
わたしはバス停近くのベンチに座り、悶々としたままずっとスマホを眺めていた。
いっそ電話する? でもでも、まだ仕事の時間かも。
間違えて掛けちゃったとか……それならありかも?
もうお兄ちゃんのバカぁ!
「……バカなのは、わたしかな」
返信せずそのままにしちゃったのわたしだもんね。
それにしてもだよ!
どうして、連絡くれないんだろう?
それに、どうしてわたしは素直になれないのかな……?
素直になったところで、どうすればいいのか想像もできない。
会いたい――
「あ……」
思いたくなかった言葉が頭に浮かんだら、涙が頬を流れた。
慌ててハンカチで目元を軽く押える。
「泣かすなんて。お兄ちゃんのくせに」
……。
……会いたい……なあ。
プシュー
いつの間にか次のバスが停まり、ドアの開閉音で顔を上げた。
体もすっかり冷え切っていた。
なにしてんだろ。帰ろう。バイト遅れちゃうし。
そう思って立ち上がった瞬間、ぴたりと風が止んだ。
ステップを重い荷物を抱えた人影が降りてくる。
目が触れ合った途端、世界が止まったように感じた。
「千鶴……?」
バスから降りてきた黒髪の男が、わたしの名前を呼んだ。
聞き慣れた、懐かしすぎる声を聞いた途端、全身にぞわっと鳥肌が走った。
「お、お兄ちゃん?」
裏返った声で反応した。
わたしはたぶん、ぽかんとしたみっともない顔をしていたと思う。
「えっ、どうして……?」
「俺が帰ってくるの聞いてた? 内緒にしてくれって言ったんだけどなあ」
お兄ちゃんは重そうに荷物を引きずりながらわたしに近づいてくる。
聞いてない!
え、うそうそ。
ちょっとまって! 今、顔、変っ!
近づいてくるお兄ちゃんの足音。
「ちょ、わーこっち来んな! 痴漢! 変態!」
私は顔を隠しながらお兄ちゃんから離れていく。
ぶんぶんとバッグを振り、近寄らせないようにする。
今、こんな顔見られたらやばい。とりあえず瞳が乾くまで……。
内緒で帰ってきたって――なんなの、信じらんない!
「相変わらずだなぁ……」
落ち着け、わたし。
深呼吸して。
すうはあーー、すうはあーー。
嬉しいとか思うな、顔に出ちゃう。
すうはあーー、すうはあーー。
「なな、なにしに来たの!?」
思っていた倍以上のわたしの声がバス停に響く。
降りてきた人たちがこっちを見た。
恥ずかしい。けど止まれない。
「今日は平日だよ? 普通の社会人ならまだお仕事中じゃん! てか、明日も平日だし……出張、とか?」
思いついた言葉を変換せずに間を埋めるようにぶつける。冷静になろうとする。
「というかさ、内緒とかありえないんだけど!? 普通一言メッセージするでしょ? いっつもそう! びっくりさせようとか……そんなのいらないんですけど!」
お兄ちゃんは黙って笑ってる。なんなのその顔、イライラしてくる。
「ああ、そっか! 秘密にするようなことがあるってことだよね!?」
ふと、ありえない状況が頭に浮かんだ。
「実は彼女さんつれてきて、挨拶しに来たとか!?」
「いや……」
わたしの声がワントーン高くなる。声変わりする前に戻ったみたい。
お兄ちゃんが言い終わる前に、被せるようにわたしは声を張り上げた。
「そんなの隠す必要ないじゃん! わ、わたしのお姉ちゃんになるかもしれない人だしっ!?」
言い終わった瞬間、自分でも何を言ってるのかわからなくなった。
わたしのお姉ちゃんだって。
顔も体もめっちゃ熱い。最悪だ。
「――んだ」
「なに? 聞こえないんだけど!」
私の語気は荒い。興奮しすぎてちゃんとお兄ちゃんの声が聞こえなかった。
「結――こん――んだ」
「け、結、結婚って……? うそ――」
全身の力が一気に抜けていった。
さっきのは適当に言っただけで、そうなってほしいとかじゃない。
肩に掛けていたバッグがするすると体を滑って行って、くしゃりと地面に落ちた。
じんわりと、また目頭が熱くなってくる。
お兄ちゃんの顔は恥ずかしそうに笑っていて、言いにくそうにしながらわたしを見てる。ちらちらと周りを気にしている。
も、もしかして周りの人たちの中にいるの??
もうやだ。泣きたい。
お兄ちゃんの一言で、わたしの感情がなんだったのか名前がはっきりとわかった。
分かっちゃった。こんなのダメなのに。
「聞こえないよ!」
わたしは幼稚園児みたいに叫んだ。聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちがごちゃごちゃになって、否定しながら受け入れようとか、変なことをしようとしていた。
「だから――結構頑張ったんだけど、今回もダメだったんだよ」
電線の上にいるヒヨドリの鳴き声が場を急激に冷やしていく。
「………………は?」
「辞めるまで頑張った。俺なりにな」
「はぁぁぁぁ!?」
「半年も続けたぞ。はっ! 有給全消化して辞めてやったぜ、あのクソ会社。新人だからって舐めやがって。何が新人来たから解放されるだ? 俺はてめえの席に座るために入ったんじゃねえんだよ。手取りも少ねえし、コンビニも遠いし」
やっぱダメだわこのお兄ちゃん。
わたしがなんとかしないと。
って、油断したら顔が緩んじゃう、もうっ!
嬉しいなんてバレたら絶対お兄ちゃん調子のる!
うう~~っ!
またグチグチ言い出して腹立つのに、別の感情もあって頭がパンクしそうだよ!
● 〇 ●
「まあ、そんな感じでブラックだったわ。定時で上がるだけで白い目で見られる」
泣きそうなのか、笑ってるのか。
複雑な顔していた千鶴は、ずかずかと俺に近づいてきた。
成長してるけどやっぱり背が小さく、下から見上げるようにしてキリっと睨んだ。
「せっかくの正社員なのに! 秒で退職って何!? それ正式なリアルタトゥーバツイチだからね? バイトが合わなかった体で済むと思ってるの? 履歴書の最初の職歴に黒歴史刻まれるのわかってる? どうせ『一身上の都合』って書くんでしょ。世の中ナメてる? 次、絶対、退職理由聞いてくるからね!?」
う、うおおお。健在だ。マシンガンのように浴びせてくる。
やっぱ言うんじゃなかった。すごい人が見てくる。
笑われてる。恥ずかしい。
「秒じゃねえよ! 半年も続いたわ! 結構頑張っただろ」
「それ面接官に言ってみ? もう結構ですって言われるよ!」
千鶴との距離は体温まで伝わってきそうなくらい近かった。
この距離感、懐かしいな……。
「ぐ、ぬぬ」
思い出している状況じゃなかった。
もしかしてこういうことか?
俺、聞く耳がなかったってこと?
「あとさ、半年って普通は試用期間でしょ? 正社員だって鼻息荒くして勝手に向こうに行ってさ、事故歴刻んで戻ってくるの、新手の構ってちゃん? 辞めようと思ったらわたしに相談してよ! わたしじゃ力になれないと思った? わたしとお兄ちゃんの仲って、そんな、そんな……」
「あー……千鶴?」
キュっと千鶴は唇を結んだまま俺を睨みつける。
小さい鼻ですぅぅと息を吸い込んでから、千鶴は続けた。
「わたしはっ、お兄ちゃんからの連絡ずっと待ってたんだよ……。わたしから連絡したら迷惑かもってずっと我慢してた。でも……ほんとは喋りたかった! 電話したかった。頑張れって言ったり、言ってもらったり……したかったのに……できなくて……」
少しずつ千鶴のテンションが下がっていく。見物していた通行人も空気を感じたのか通り過ぎて周りには誰もいなくなった。
人の壁で防がれていた風が、千鶴の黒髪を通り抜ける。
千鶴は怒った顔じゃなかった。喜んでいる顔じゃなかった。
棘のあるような視線ではなく、純粋に俺を見つめていて、瞳は光を反射するように浮かび上がった水滴を反射していた。
「さみ、しかった……んだから」
言い終えるとしん、と静寂が訪れる。
物欲しそうな表情だった。何度も見た顔だからなんとなくわかる。
これでも付き合いは長いからな千鶴とは。
記憶はどちらかというとガキの頃が大半を占めているけれど、今、目の前にいる千鶴は昔とは違う。大人びた表情は、どこか美人に見えた。
変な意味じゃないぞ。一般的にだ。
そんな千鶴の瞳から目が離せなかった。
「そっか……」
見続けることが、千鶴を安心させてあげられるように思った。
「千鶴のナメた口聞いてないとダメなのかもな」
照れくさくて、少しでも笑わせようと思った。
「けどよ、お前も、その口の悪さなんとかしないとこれからやってけないぞ?」
ほんとに笑わせようと思ったんだ。これが千鶴を再着火させた。
さすがにもうわかる。どのタイミングで千鶴に火が点くか。
言い終わった後にな。
「なっ――!」
ぷっつんと、何かが切れた音が聞こえた。
「お兄ちゃんのクズレベルに合わせてるんですけどっ!?」
● 〇 ●
帰ってきてくれて嬉しい。
なんて思うわたしこそ、ダメ従妹なのかも。
お兄ちゃんがそういうなら、毎日ナメ続けてあげるんだから!
口が悪いって言うけど、わたしすんごく礼儀正しいんだから!
「いでっ!」
私は「おかえり」の代わりに、思い切りお兄ちゃんのふくらはぎを蹴った。
「く、車は? なんでバスなの……?」
「売った。金ないし」
課金に使ったとか言ったらまた蹴ろう。
「か、彼女……は? いるの……?」
「は? いねえよ。ってか関係ないだろっ」
そっか。一番知りたかったこと聞けた。
単純なわたしは、それだけで安心しちゃった。
お兄ちゃんのこの先は、相当ヤバいはずなのにね。
バカで。
クズで。
またニートで金欠で。
どうしようもないダメお兄ちゃん。
だけど、わたしをずっと守ってくれていた、ただ一人のお兄ちゃん。
手紙にも書いたでしょ。
そういえば渡してなかったっけ?
『ずっと千鶴の傍にいていい』って書いたんだよ。
ずっと――
ほんとに、ずっと――
……。
だいすきだったんだよ? お兄ちゃん。
ぜっっったいに言わないけどね!!
あと、家族的にって意味だし!!
こんな彼氏なんていたら笑われ者だし、そもそも従兄妹だし、苦労しかしないって目に見えてるし、だいいちニートで……でも離れるのはいやだし傍に……その前に車なんとかしないとデート……ああこれからどうしようお仕事探さなくちゃだし、わたし忙しいのにまたお兄ちゃんの世話してあげなくちゃ――――
(千鶴の声がフェードアウトしていく)
毒舌JK(16)に毎日ナメられるダメ従兄(26)の話
おしまい♪
毒舌幼女(6)に毎日ナメられるダメ従兄(16)の話 たーたん @taatan_v
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