感情の変化

「茉莉、この古民家カフェは風情ふぜいがあるね」


「ちょっと、キョロキョロしないで。目立つでしょ」


 エッジがあまりに無邪気な振る舞いをするので、彼が極秘行動をしていることをつい忘れてしまう。


「結局、映画でも泣けなかったし、あなたの思惑おもわく通りにはならなかったわね」


「そんなことはないよ。涙の理由って、他にもあるだろう? 悲しいだけじゃなく、びっくりしたり、痛かったり、悔し泣き、嬉し泣き、人は様々な感情の動きによって涙を流していた。そうだな。例えば、茉莉は蜘蛛くもが苦手だから、俺が蜘蛛を茉莉に見せ――いや、それはやめておこう」


 エッジが目をらして抹茶ラテのカップに口をつける。私の殺気を感じ取ったらしい。


「そういえば、エッジは涙を流したことはあるの?」


「あるよ。今でも頭の中に映像が浮かんできて胸がザワザワする。でも『ティアローズ症候群』に俺も罹患りかんして、それ以来は涙を流したことはないんだ」


 陽気な彼だけに涙とは縁がなさそうに見えるけど、さすがに泣いたことはあるようね。


 先程から周りの客がエッジに好奇心の視線を注いでいる。隣の女子達は「かっこいい」「ハリウッド俳優?」と、呟いている。


 ――こんなに美しい茉莉を大事にできないなんて、お前は罪深い男だな。


 あの時、アイツを持ち上げた時の彼の横顔を見て、ちょっとだけ胸が熱くなった。


 ――彼女に嫌な思いをさせるなよ。消えな。


 痛めていた心の傷を癒してくれた気がして――。


「茉莉、どうしたの? 俺にれちゃった?」


 カップを口につけたままエッジがニヤリとする。


「そんなんじゃないし」


 誤魔化ごまかすように私はほうじ茶ラテのカップを手に取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る