疑問
「エッジ、そんな間近で見られると映画のストーリーが頭に入ってこないんだけど……」
「まあまあ、茉莉は映画に集中してて。数値に変化は……あ、今、茉莉の感情は揺れ動いてるね」
暗がりでよく見えないけど、隣でエッジがいちいち呟くので気が散って仕方ない。
エッジは映画館の座席に座るとサングラスをかけた。それで映画が観れるのと首を傾げていると、映画が始まってからはバードウォッチングをするように「カチカチ」と手元で音を鳴らしている。
「茉莉、今、凄くいいシーンだよ」
主演女優が高原で夕日を眺めながら涙を流している。でも、あの涙は合成だ。世界が涙を失ってから、こういった感動モノの映画が減った気がする。切ない感情が湧いてくるのに泣けないのが辛いからだ。
「中点から感情の指数のグラフが上昇……ああ、やっぱり茉莉は感情が豊かな素敵な女性だ。涙腺も反応だけは見せているね」
彼の言葉からして私の感情を調べているみたいだ。何かの検査を受けているような感覚になる。
エッジはサングラスに指を当て、何かを念じているような表情をしている。私の記録を脳内で伝えているように見える。
――ほんとにこの人、
エッジは変装のつもりかニット帽を被っている。チラッと盗み見したのがバレたのか、彼は私に顔を向けて「ふふっ」と笑った。
※※※
「茉莉、この後は古民家カフェに行かないか? 抹茶に興味があるんだ」
映画が終わりシアタールームから出るとエッジが振り返って指を鳴らした。
「いいけど、それも任務の一環?」
「いや、休憩したいだけだよ」
マイペースなエッジを見てなんだか調子が狂う。
映画のクライマックスでは頬のあたりがジンとしたけど、目頭が熱くなることはなかった。目が乾いたのでハンドバッグから目薬を取り出す。
「エッジ、私、アイルームに行ってくるから」
「承知。待ってるよ」
この感覚、元彼と付き合っていた時を思い出す。
事業の起ち上げで、あるお店のロゴのイラストに関わった時に設計デザインが専門のアイツと出合った。一目惚れしましたと何度もメールを送られ、根負けしてとりあえず友人関係からと付き合い始めたけど、いざ蓋を開けると押しが強いただの自己中だった。
すぐに嫌になって私はアイツと距離を取るようにしたけど、アイツは周りに「ワガママで冷たくされる」と言いふらし、その時に優しくされた女と今は付き合っている。
今、思い出しても胸がムカムカする。まだ消化しきれていないらしい。
ふと気になって振り返ると、エッジが小さく手を振り白い歯を見せる。つられて私もふふっと笑って手を――って、だめだめ……私は角にあるアイルームに視線を移して――。
「茉莉さんじゃない?」
耳にしたことがあるおっとりした声の方へ向くと、男女のカップルが視線を向けて――。
「おう、茉莉じゃん。……もう彼氏ができたんだ?」
――うわぁ……最悪。
意外そうに呟く短髪でガタイのいい男、名まえも呼びたくない。私を捨てたアイツだ。何でこんな時に出合ってしまうのかな……。
「茉莉、彼は君の――」
エッジはコイツが私の元カレだという情報は知っているはずだ。だから私はこれ以上言わないでとエッジを手で制した。
「……かっこいい」
隣でエッジに見とれている女は私の知り合いだ。一番会いたくない人達に出合ってしまって気まずい。
「なんだよ茉莉、やるじゃん。さっそくイケメン捕まえて楽しそう――グエッ」
その瞬間、エッジが素早い身のこなしでアイツの胸倉を掴んで……えっ? 軽々と持ち上げて……ソイツ、元アメフト部よ。
「こんなに美しい茉莉を大事にできないなんて、おまえは罪深い男だな」
アイツは一瞬で青ざめた顔になり、驚いた彼女はアイツを見捨てて走り去っていった。
エッジの青い瞳が鋭くなる。
「彼女に嫌な思いをさせるなよ。消えな」
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