ティアローズ症候群
私が10歳の時にそれは起こった。
夏の暑い時期に全国各地でドライアイが流行り、眼科に行く人が増えたというニュースが流れるようになった。最初はスマホやパソコンの使いすぎが原因と考えられ、テレビでは目薬の
最初はそうなんだと特に気にしていなかったけど「涙が流れない」「あくびをしても涙が出ない」という情報がSNSで発信されるようになり、徐々に経験したことがない恐怖が人々の生活に忍び寄っていった。
しかも、涙が出ないという現象は日本だけでなく、各国にも広がり世界は混乱に陥っていく。
――ティアローズ症候群。
『涙を失う』という名で世界を騒がせたこの病は、致死率はゼロながらドライアイや目やになどの症状が続く。そのため、
今でこそ皆、自分の目薬を肌身離さず持っているけど『ティアローズ症候群』が流行ってしばらくは目薬の在庫が無くなってパニックとなり、眼科やドラッグストアに人が押し寄せて社会が混乱した。
しかも、泣くことで感情をスッキリさせることもできなくなり、精神が
『ティアローズ症候群』については新種のウイルスか細菌、気候の変化、電滋派の影響、オゾン層の破壊、宇宙人の侵略等、様々な
さすがに10年以上も経つと世界も慣れてきて共生のシフトとなり、生活様式も変わっていった。
日本では嬉しい時も悲しい時も涙が流せないので、気まずさから卒業式や葬式といった行事が廃止されていった。
けれども、やっぱり式典は大事にしたいという声も根強く、今の総理大臣は国民の感情を再び呼び起こそうと『感情豊かな日本』というスローガンを掲げている。
ちなみに私が最後に涙したのは10歳の時に両親が事故で命を落とした時だ。あの時はおばあちゃんの胸元で涙が枯れることはなかったのに、今では涙がどんな感覚で流れるのか忘れている。
エッジが緑茶をすすって一息つく。
「今はティアローズ症候群と共生する考えが
「ちょっと待って、あなた、どこから来たの?」
「セリスグラス公国だよ。地図にも載っていない小さな島の国だ」
「セリス……公国? 島国?」
急に
「茉莉、心配しないで。あくまでも俺は調査に来ただけで、君を母国に拉致するつもりはない。あわよくば涙を頂戴して持って帰りたいけどね」
ベランダから入ってきた癖に、よくそんなことが言えるな。
「じゃあなんでこんな時間にベランダから侵入したのよ。堂々とお昼にインターホンを鳴らせばいいじゃない」
まあ、そんなことになっても私は絶対に相手にしないけど。
「いやー、一応極秘行動だからベランダから行こうと思ってさ」
「どういう神経してんのよ。……信じらんない」
「まあまあ、とにかく国の機関よりも一足早く涙のサンプルを頂戴するのが俺の任務ってわけ」
「ど、どういうこと?」
「俺の国は『ティアローズ症候群』と共生すると言いながらも、水面下では『ティアローズ症候群』の解明と特効薬の開発に力を入れている。ただ、国が認可する機関以外が下手に動くと国の意に反することになり命の保証がないんだ。いやー、国外に出るのも命懸けだったんだよ。あはは」
あははって……エッジはさらりと言ったけど、スパイのような行為をしているってこと?
「話が逸れたけど、要は、茉莉の涙をサンプルとして持ち帰りたいんだ」
エッジが水色のUSBみたいな物を見せてきた。なんだろう? カプセルだろうか。
「日本のことわざで『お涙頂戴』という言葉があるだろう?」
エッジがドヤ顔で言うけど、その言葉はことわざではない気がする。
「真剣に話しているところ悪いけど、私も『ティアローズ症候群』になって涙はもう15年も流していないのよ」
小さく肩で息をつくと、エッジが真剣な目つきになってハッとした。
「茉莉、本題に入るよ」
――もしかして、やっぱり私は拉致られちゃう?
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