第31話

塔の中央、光に包まれた手紙が震え、封印の幻影が収まると同時に――文字が浮かび上がった。


ユウは息をのむ。

「……読める。今まで、こんなことはなかったのに。」


淡い光の中、古代文字は自然に心へと流れ込んでくる。

そこに記されていたのは――


“我らは元凶を打ち倒す力を持たなかった。

 ゆえに、この地に封じ、せめて影響を食い止めることを選んだ。

 封じられしものは災いにあらず。境界を護る楔なり。


 この手紙を受け取る者よ、真実を知り、選べ。

 楔を守るか、新たな道を切り拓くか。”


ノエルは青ざめながら呟く。

「……つまり、元凶は今も生きている……。

 倒せなかったからこそ、“せめて封じる”ことを選んだ……。」


カイが拳を握りしめる。

「じゃあ、俺たちが戦うべきは――封印そのものじゃない。

 魔物を生み出す“元凶”だ。」


リナはじっとユウを見つめ、微笑の奥に揺れるものを隠さなかった。

「面白くなってきたわね。あんたがその手紙を握る意味が、ようやく見えてきた。」


ユウは手紙を胸に抱き、強く息を吐いた。

「……俺が届けるのは、この真実。

 封印の奥で眠る“選択”そのものなんだ。」

 

 

 崩れた塔の床に、黒衣の影が膝をついていた。

外套は裂け、闇の力はすでに散っている。

ユウたちの息遣いも荒かったが、その瞳には確かな決意が宿っていた。


黒衣の影は唇を歪め、低く笑った。

「……やはり、お前たちはただの子供ではないな。」


ユウは剣を収めず、問いかけた。

「お前たちの目的は……手紙を奪うことじゃなかったんだな。

 本当は、封印を守るため……そうなんだろ?」


黒衣の影はゆっくりと頷いた。

「我らは敗北を知っている。

 元凶に挑み、力及ばず――世界を覆すほどの惨禍を前に、ただ封印するしかなかった。

 だからこそ、繰り返させぬために動く。」


ノエルが顔を曇らせる。

「……それで、真実を隠して……人々を騙してでも?」


「愚か者に選択を与える必要はない。」

黒衣の影の瞳には絶望に似た諦観が滲んでいた。

「選択は必ず過ちを呼ぶ。だから我らが全てを背負い、封印を守る。

 それこそが正しき答えだ。」


リナが冷たく笑った。

「その“正しさ”のせいで、何人が犠牲になったかしらね。

 ……それにしても皮肉なもの。

 あんたたちの望みも、私たちの旅も、“封印”に導かれている。」


黒衣の影はユウを真っ直ぐに見据える。

「手紙を抱えた者よ。お前が真実を知った以上、我らは止めねばならぬ。

 だが――覚えておけ。

 お前たちの選択が、この世界を再び滅ぼすかもしれぬことを。」


その言葉を最後に、黒衣の影の姿は闇に溶け、霧散した。


重苦しい沈黙の中、ユウは拳を握りしめた。

「……選択から逃げたくない。

 たとえ過ちを恐れても、進むのは俺たちだ。」


仲間たちの視線がユウに集まり、誰も否定する者はいなかった。



クライマックス直前の描写(導入)


塔の最奥、封印の力が揺らぐと同時に、黒い亀裂が空間を裂いた。

そこから、果てのない闇のように魔物が這い出そうとしている。


「……来たな。」

カイが剣を構え、鋭い視線を闇に向けた。


ノエルは震える手で杖を握りしめ、決意を宿す。

「境界を守らなきゃ……元の世界に、全部溢れちゃう!」


リナは短剣を抜き、ユウに視線を送った。

「で、あんたはどうするの? ここから先は、普通の剣じゃ通用しないわよ。」


ユウは静かに手紙を掲げた。

封印の光が応えるように脈打ち、彼の体を包み込む。

「……俺がやる。

 この手紙は、選ばせるために渡されたんだ。

 封印の力を借りてでも、元凶を止める!」


ガロウの声が飛ぶ。

「だがその力は、人の身を削る! お前ひとりが――」


「俺ひとりじゃない!」

ユウの瞳は真っ直ぐに輝いた。

「カイ、ノエル、リナ……みんながいる。

 だから俺は……戦える!」


仲間たちが頷き、背を合わせる。

ユウは封印の光をまとい、闇の亀裂へと踏み込んだ。


――こうして役割は決まった。

ユウは元凶と対峙する。

仲間たちは境界を守る。

それぞれの想いと力が、ひとつの戦いに収束していく――。


仲間たちの防衛戦


塔の内部を切り裂くように現れた黒い亀裂から、無数の魔物が姿を現した。

そのひとつひとつが、先に遭遇したどんな魔物よりも獰猛で、ただの数の暴力が押し寄せてくる。


「来るぞ!」

カイが大剣を振るい、先頭の魔物を氷の力で斬り払う。地面が凍りつき、魔物の足取りを鈍らせる。


「さすが……数が多すぎるわね!」

リナは短剣を抜き、素早く駆け抜けると、氷で足を取られた魔物の急所を的確に突き刺した。

彼女の動きは冷静で無駄がなく、次々と数を減らしていく。


「だったら、まとめて!」

ノエルは杖を掲げ、詠唱を終えると光の奔流が走った。

魔物たちが一瞬ひるみ、その間にカイとリナが同時に前へと飛び出す。


「よし、今だ!」

カイが力強く叫び、氷壁を築く。

その背をリナが駆け上がり、上空から魔物の群れへ刃を振り下ろす。


連携は自然なものになっていた。

互いの動きを読み合い、補い合う。

これまでの旅路で培った絆が、確かな力となって戦場に響いていた。


「……ユウ、こっちは大丈夫。だから、お前は迷わず行け!」

カイが吠えるように声を張り上げる。


「行かせるもんですか!」

ノエルも必死に魔力を注ぎ、境界を守る光を強める。

「ユウに戦わせるために……私たちがいるんだから!」


リナは短剣を振るいながら、ちらりとユウの背中を見やった。

その姿は、光に包まれ、ただ前だけを見据えている。

「……あんた、ほんとに成長したわね。負けないでよ、ユウ。」


仲間たちの声が、ユウの背を押す。

境界の防衛戦は熾烈を極めていたが、誰ひとり退くことはなかった。

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