第32話

元凶との激闘 ― ユウと封印されたもの


光の柱の中、ユウは一人、暗黒の空間に立っていた。

目の前に広がるのは、形を持たぬ闇の奔流。

無数の目が浮かび上がり、触手が地を覆い尽くす。

「これが……魔物を生み出していた元凶……!」


その背後から、重く響く声がユウを包んだ。

『ヒトノ子ヨ……オマエハ我ガ力ヲ望ムノカ?』


振り返れば、半透明の巨影。

光と闇をまとい、角と翼を持つその存在は、神々しくも禍々しい。

封印された存在――ユウの中に流れ込んでくる気配に、心臓が軋む。


「お前の力がいる……でも、飲み込まれはしない。俺が導く!」


沈黙。やがて巨影は愉快そうに嗤った。

『ヨカロウ……ダガ忘レルナ。力ト心ハ常ニ表裏一体……』


次の瞬間、ユウの身体を駆け抜ける熱。

剣が光と闇の二色に輝き、全身に力があふれる。

だが同時に、胸の奥底で黒い声が囁いた。


『壊セ……全テ滅ボセ……!』

「違う……俺は守るために戦うんだ!」


内側の葛藤と同時に、外界では元凶が動いた。

大地を覆うほどの影がうねり、巨大な腕を形成する。

振り下ろされる一撃は山を砕くような重圧。


ユウは剣を交差させ受け止める。

轟音。衝撃で足元が裂け、大地に深い亀裂が走る。

腕が崩れる間隙を突き、ユウは斬り上げた。


光の斬撃が闇を裂く。だが、切り裂かれた闇はすぐに再生し、無数の触手となって襲いかかる。

「くっ……!」


ユウは連撃で払い落とすが、数は減らない。

背後の巨影が低く唸り、翼を広げた。

『我ガ力ヲ解キ放テ……然ラバ容易イ』


「その力に溺れたら……お前と同じになる!」

ユウは汗をにじませながらも、踏みとどまる。


その時――遠くから仲間の声が届いた。

「ユウ! 負けるな!」

「ユウ、あんたは強い! 信じてる!」

かすかに、カイ、ノエル、リナの声が重なる。


ユウの胸に、力強い光が灯った。

「俺は一人じゃない。だから、この力を制御できる!」


剣が再び輝きを増す。今度は闇に呑まれず、光と調和していた。

封印の存在が一瞬目を見開き、そして低く笑う。

『……面白イ。オマエハ我ヲ縛ルノデハナク、共ニ在ラントスルカ……』


その言葉と同時に、巨影がユウと重なるように剣を振るう。

光と闇が融合した斬撃が放たれ、触手をまとめて焼き払った。


元凶が唸り声を上げ、空間全体が震える。

『愚カナ……封印ノ力ヲ引キ出シテモ、我ヲ滅ボセヌ!』


闇が渦を巻き、巨大な獣のような顎を形成してユウを飲み込もうとする。

ユウは地を蹴り、真っ向から突き進んだ。


「俺は……守るために剣を振るう! 仲間と未来を守るために!」


突き出された剣に、巨影の力が重なった。

『行クゾ、ユウ!』


光と闇が一つの奔流となり、獣の顎を粉砕する。

さらにその勢いのまま、元凶の中心へと突き進む。


黒い奔流が押し返そうと襲いかかるが、ユウは一歩も退かない。

「俺は負けない!」

振り下ろした渾身の一撃が核心を貫き、爆裂する光が闇を切り裂いた。


元凶の叫びが虚空に木霊する。

『ナゼダ……小サキ者ヨ……』

「仲間がいるからだ! 俺は……一人じゃない!」


最後の光が放たれ、闇は粉々に砕け散った。


ユウは膝をつきながらも、剣を手放さなかった。

背後に佇む封印の存在が静かに告げる。

『……共ニ戦ウ者ヨ。オマエノ意思、確カニ見届ケタ』


空間に静寂が戻る。

ユウは荒い息を吐きながら、握った剣を見つめた。

「……俺は、やり遂げたんだ」



静寂が訪れた。

押し寄せていた魔物たちの群れは、元凶の消滅と同時にまるで幻のように霧散していった。

長きにわたり人々を苦しめてきた脅威が、ついに根を断たれたのだ。


「……いない。もう、一体も」

ノエルが周囲を見渡し、驚きと安堵を滲ませて呟いた。


カイは深く息を吐き、腰に手を当てる。

「信じられねぇ……本当に終わったのか」


リナは剣を収め、遠くを見据えた。

「魔物が消えるなんて……この地そのものが変わってしまうわね」


ユウは剣を下ろし、静かに頷いた。

「元凶は倒した。でも、これから先はどうするか考えないと」


確かに脅威は消えた。

しかし、魔物がいなくなったことで均衡が崩れる可能性もある。

空いた地に人がどう入り、どう生きるか。

残された問題は少なくなかった。


「……村長に相談しよう」

ユウが口を開くと、全員の視線が集まった。

「俺が旅に出たのは、この村からだった。手紙を託されて、一人前になるために。だから、最後も村に戻って、どうすべきかを村長に聞きたいんだ」


その言葉に、ノエルが微笑んだ。

「うん。私も賛成。ユウの村なら、始まりと終わりにふさわしい」


カイも頷く。

「だったら決まりだな。俺たちも一緒に行くぜ。どうせ、行き場はまだ決まってねぇしな」


リナは肩をすくめたが、わずかに口元を緩めた。

「ま、あんたがそこまで言うなら付き合ってあげるわ。村の長なら、何か知恵を貸してくれるでしょうしね」


ユウは仲間たちを見渡し、強く頷いた。

「よし、行こう。村に戻って、未来のために答えを探すんだ」


こうして一行は、新しい地の運命を決めるため、再びユウの故郷へと歩みを進めるのだった。


封印の力での帰還


戦いの余韻がまだ残る中、ユウは手にした剣を見つめていた。

その刃には、封印されていた存在の力が今も宿っている。光と闇、相反する力が、ユウの意志によってかろうじて均衡を保っていた。


『ユウ……我ガ力ヲ使ウカ?』

低く響く声が心に届く。


ユウはしばし沈黙し、仲間たちを見渡した。

ノエルは不安げに彼を見守り、カイは腕を組んで黙って頷く。

リナは半ばあきれ顔で、しかし瞳の奥に興味深そうな光を宿していた。


「……使わせてもらう。俺たちの帰る場所に」

ユウは静かに答えた。


その瞬間、剣から光と闇が溢れ出す。

大地が軋み、空間にひび割れが走った。

それは「道」となり、故郷へと繋がる扉を描き出す。


「これが……」

ノエルが小さく息をのむ。

「ユウの力……いや、封印の力か」


カイが剣を肩に担ぎながら笑った。

「細けぇことはどうでもいい。帰れるなら上等だ」


リナは唇を歪め、ちらりとユウを見た。

「……本当に制御できるのね。正直、ちょっと見直したわ」


ユウは苦笑しつつ剣を強く握った。

「暴走させないのが俺の役目だ。……行こう」


四人は光の裂け目に足を踏み入れる。

目も眩む閃光の中を進み、次に視界が開けたとき――そこは、懐かしい緑と木の匂いに包まれた故郷の村だった。


「……帰ってきた」

ユウの声が震える。


村は静かだったが、確かにそこに人々の生活の気配があった。

子供の笑い声、薪を割る音、夕餉の支度の匂い。

すべてが懐かしく、温かかった。


「ユウ!」

村人の一人が彼を見つけ、駆け寄ってきた。

その声が合図のように、村の人々が次々と姿を現す。


ユウは剣を下ろし、胸を張って歩き出した。

――旅の始まりの地。

そして今、仲間と共に帰るべき場所へ。

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