第29話

封印の地――その名だけで、古の人々が恐れを抱き、近づくことを禁じた場所。

そこへ至る道は地図にも記されていない。

ガロウとセリナが残された記録を照らし合わせ、推測を積み重ねながら進むほかに方法はなかった。


「この北の山脈を越えた先に、断崖の谷があるはずだ」

ガロウが低い声で言う。

「そこを抜ければ、封印の地へ続く道が現れるかもしれん」


道中は過酷だった。

険しい崖をよじ登り、濃い霧に包まれた森をかき分ける。

魔物の群れも姿を現したが、六人で力を合わせれば恐れるものはなかった。

ユウの剣が前を切り開き、カイが鋭い感覚で危険を察知し、ノエルの魔法が仲間を守る。

リナの素早い攻撃が死角を突き、ガロウとセリナが要所で的確に導いた。


夜、焚き火を囲むたびに、それぞれの想いが少しずつ言葉となる。

「……封印って、そんなに危険なものなのかな」

ユウの問いに、セリナは静かに答えた。

「危険かどうかじゃなく、人が恐れた“存在”がそこに眠っているのよ」


リナは火に照らされる横顔を歪める。

「人が恐れた、ね。つまり、それを手にすれば……」

言葉を濁したが、ユウには彼女の思惑が透けて見えた。

だが問いただすことはしなかった。今は、ともに進む仲間だから。


幾日もの旅を経て、一行はついに山脈を越えた。

目の前には深い霧に覆われた巨大な谷が広がり、どこまでも闇へと落ち込んでいる。

谷底からは、不気味な気配が風に乗って押し寄せてきた。


「ここから先が……封印の地の入口」

ガロウの言葉に、誰もが息を呑んだ。


深い霧に覆われた谷の縁に立ち、一行は言葉を失っていた。

どこまでも落ち込む闇。風が吹くたびに、底知れぬ呻きのような音が響く。


「……橋なんて、どこにも見えないな」

カイが耳を動かし、谷底を覗き込む。


その時、谷の向こうに淡い光が浮かび上がった。

まるで誘うように現れた一本の石橋。

だが足を踏み出した瞬間、ガロウが制した。


「待て。これは試練だ」


石橋はまるで生きているかのように揺れ、足場が幻のように消えては現れる。

さらに、谷間から無数の黒い霧の影が浮かび上がり、形を変えて襲いかかってきた。


「幻影か……!」

ノエルがすぐに魔法陣を展開し、仲間を覆う光の壁を作り出す。

「でも、力だけじゃ突破できない!」


ガロウは険しい表情で言葉を続けた。

「この橋は“心”を試している。恐怖や疑念に呑まれれば、足元は消え落ちる」


ユウは剣を構え、影を斬り払う。

「だったら――信じるしかない!」


彼の言葉に呼応するように、仲間たちは声を合わせる。

カイが前に立ち風を切り裂き、ノエルが魔法で光を強め、リナが影の急所を突いていく。

そしてユウは一歩ずつ、揺らぐ石橋の上を進んだ。


「ユウ!」

背後からリナの声が飛ぶ。

「迷ったら落ちるわよ!」

「……大丈夫だ。みんながいる!」


ユウの足取りは確かだった。

やがて六人は石橋を渡り切り、谷の向こう岸に立つ。


その瞬間、橋は音もなく崩れ落ち、霧の中へと消えていった。


「戻る道は……もうないわね」

リナが呟き、ユウは頷く。

「なら、進むだけだ」


霧の奥には、封印の地へ続く荒れ果てた大地が広がっていた。


谷を渡り切った一行の前には、異様な静けさが広がっていた。

風は止み、鳥の声すら消えている。

一歩を踏み出した瞬間、空気が重く沈み込むように変わった。


「……ここが、封印の地」

ガロウの低い声が響く。


大地はひび割れ、ところどころから青白い光が漏れ出している。

それは地脈が露出しているかのようで、足元から心臓を直接震わせるような脈動を感じた。


ノエルは思わず師匠の腕に触れる。

「……息苦しい。まるで、この土地そのものが……生きてるみたい」

セリナは黙って彼女の肩を支えた。


カイは鼻をひくつかせ、険しい表情を浮かべる。

「嫌な匂いだ。血と、獣と……それから、もっと古い何か」


リナは腕を組み、いつもの余裕ある笑みを見せようとしたが、口元がわずかに引きつっていた。

「さすがに……ただの遺跡とは格が違うわね」


ユウは剣の柄を握りしめ、視線を前に向ける。

「でも……ここまで来た。もう引き返せない」


遠くには、石造りの巨塔が影のようにそびえ立っていた。

塔の周囲を取り囲むのは、黒い結界のような揺らめき。

そこから漏れる気配は、人の理を超えた何かだった。


ガロウが深く息を吐き、言う。

「封印の核心は、あの塔の奥だ。……気を引き締めろ」


六人は互いにうなずき合い、足を踏み出した。

足音が大地に響くたびに、封印の地そのものが目覚めていくような、重苦しい震えが広がっていった。


塔の内部は、外観からは想像もできないほど広大だった。

薄暗い空間の奥には、巨大な円形の石盤が据えられ、その中央に鎖で縛られた“何か”がうずくまっている。


一行が踏み入れた瞬間、空気が震えた。

まるで訪問者を拒むかのように、石盤に刻まれた紋様が淡く光を帯びる。


「これは……封印の陣式……!」

セリナが息を呑んだ。


その時だった。

ユウの胸に下げていた手紙が、突如として眩い光を放ち始めた。


「……なっ!?」

ユウは思わず胸元を押さえるが、光は止まらない。

手紙は勝手に宙へと浮かび上がり、石盤の中心に向かってゆっくりと移動していった。


「ユウ、これは……!」

ノエルが叫ぶ。


ガロウの顔が険しくなる。

「やはり……手紙こそが封印を解く“鍵”だったか」


手紙の光が陣式に触れた瞬間、塔全体が震えた。

鎖が音を立て、中央に縛られていた存在がわずかに動いた。


それは、人の形をしているようでいて、人ならざる影を纏っていた。

眼を閉じてなお、圧倒的な力が漏れ出している。


「……これが、封じられていたもの」

リナの声が震えた。

「人間が恐れて、隠し続けてきた“存在”……」


ユウは剣を握りしめた。

光を放つ手紙が自分を選んだこと、その重みが全身にのしかかる。

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