第28話


壁画の奥、石板の列が並んでいた。

ノエルがその一枚を丁寧に拭い、文字を読み取る。

「……“ここに封じられしもの、その全容を記す”」


描かれていたのは巨大な影の姿だった。

人の形をしながらも、獣の牙を持ち、背に黒き翼を広げている。

怒りに燃える姿も、涙を流す姿も描かれ、まさに善悪両面を持つ存在として刻まれていた。


「これが……封印されているもの」

ユウの声は低く震える。


リナは腕を組んで壁画を睨む。

「でもここにあるのは“記録”よ。

 本当の封印の地は、もっと別の場所にあるってこと」


カイが奥の石碑を指差す。

「ほら、こっちに地図らしきものが刻まれてる」


ノエルが駆け寄り、目を凝らす。

「……あった。封印の地。けれど、位置は古代の座標で示されている……現代の地図には存在しない」


ユウは背の手紙に触れる。

封蝋が微かに光を放ち、石碑の地図と共鳴するように脈動した。


「……やっぱり。手紙は“封印の地”を示すための鍵だ」


リナは小さく笑った。

「封印の全容を知っただけでも大収穫。でも本当の物語は、これからってわけね」


遺跡を吹き抜ける風は冷たく、まるで遠い彼方からの呼び声のように四人の心を震わせた。



暗き広間に、再び炎が揺れる。

玉座に座した黒衣の影のもとへ、一人の部下が駆け込んだ。


「報告いたします……!

 ユウたちが、遺跡で“封印の全容”を記す壁画を発見しました。

 そして……封印の地の所在に繋がる記録を」


影は沈黙した。

その場に重苦しい気配が広がる。

やがてゆっくりと立ち上がり、冷たい声を落とす。


「……そうか。奴らはもう、核心に触れたか」


部下は怯えながら続けた。

「このままでは……封印の地に先に到達される可能性が……」


「構わぬ」

低い声がそれを遮る。

「むしろ好都合だ。封印の地は容易に辿り着けぬ。

 奴らが苦難を越えたその瞬間……私が現れ、手紙を奪えばいい」


暗闇の奥で、幾つもの影が蠢いた。

幹部を失った空席を埋めるように、新たな者たちが跪いている。


「次の舞台は決まった。

 封印の地――我らが悲願を果たす場所だ」


その声は広間に響き渡り、炎が大きく燃え上がる。

ユウたちの旅と黒衣の影の野望が、ついに同じ一点へと収束し始めていた。



遺跡を後にしたユウたちは、林の奥に小さな開けた場所を見つけた。

そこにはすでに焚き火の跡があり、簡素な布が張られている。

近づいた瞬間、ノエルが目を見開いた。


「……これは!」


火を起こしていたのは、彼女の師匠であるセリナだった。

傍らには、先ほど別行動を取っていたガロウの姿もある。


「無事に戻ったようだな」

ガロウは短く言い、ユウたちを見回す。


セリナは柔らかな笑みを浮かべ、ノエルを迎えた。

「遺跡に入ったと聞いて心配していたの。……よく帰ってきたわね」


ノエルは胸にこみ上げるものを押さえきれず、師匠の腕に飛び込んだ。

ユウとカイは黙って見守り、リナは少しばかり目を伏せた。


やがて全員が焚き火の周りに腰を下ろす。

温かな光と香ばしい食事の匂いが、張り詰めた空気を少しずつ和らげていった。


ガロウは遺跡で見た壁画や記録について尋ね、ユウたちはそれを一つ一つ語った。

セリナも耳を傾け、時折静かに頷く。


「……やはり、封印の地は別に存在するのですね」

セリナの言葉に、皆が黙り込む。


ユウは火の揺らめきを見つめながら答えた。

「だから、行かなきゃいけない。

 俺は……手紙を、最後まで届ける」


その言葉は、焚き火の音と共に夜空へと溶けていった。



遺跡を後にしたユウたちは、林の奥に小さな開けた場所を見つけた。

そこにはすでに焚き火の跡があり、簡素な布が張られている。

近づいた瞬間、ノエルが目を見開いた。


「……これは!」


火を起こしていたのは、彼女の師匠であるセリナだった。

傍らには、先ほど別行動を取っていたガロウの姿もある。


「無事に戻ったようだな」

ガロウは短く言い、ユウたちを見回す。


セリナは柔らかな笑みを浮かべ、ノエルを迎えた。

「遺跡に入ったと聞いて心配していたの。……よく帰ってきたわね」


ノエルは胸にこみ上げるものを押さえきれず、師匠の腕に飛び込んだ。

ユウとカイは黙って見守り、リナは少しばかり目を伏せた。


やがて全員が焚き火の周りに腰を下ろす。

温かな光と香ばしい食事の匂いが、張り詰めた空気を少しずつ和らげていった。


ガロウは遺跡で見た壁画や記録について尋ね、ユウたちはそれを一つ一つ語った。

セリナも耳を傾け、時折静かに頷く。


「……やはり、封印の地は別に存在するのですね」

セリナの言葉に、皆が黙り込む。


ユウは火の揺らめきを見つめながら答えた。

「だから、行かなきゃいけない。

 俺は……手紙を、最後まで届ける」


その言葉は、焚き火の音と共に夜空へと溶けていった。


夜が明け、鳥の声が森に広がる。

冷たい朝霧の中、ユウたちは焚き火の残り火を片付け、旅支度を整えていた。


セリナがノエルのマントの留め具を直しながら微笑む。

「昨日までよりも、ずっと強い顔をしてるわね」

「……師匠のおかげだよ。でも、ここからが本当の勝負だと思う」

ノエルはきっぱりと答え、その瞳に揺るぎない決意を宿した。


一方、ガロウは剣の手入れを終えると、ユウに視線を送る。

「封印の地へ向かう道は、さらに険しい。覚悟はあるか」

ユウは一瞬だけ息を呑んだが、迷わずうなずいた。

「あります。手紙を届けるって決めたから」


リナは少し離れた場所で腕を組み、退屈そうに欠伸をしながらも耳を傾けていた。

「ユウ、前よりも言葉に力があるわね。……悪くない」

からかうような笑みを浮かべたが、その目にはわずかな期待が宿っていた。


カイは両手を頭の後ろに組みながら笑った。

「じゃあ決まりだな。みんなで行こうぜ。群れってのは、一人よりずっと強いもんだ」


その言葉に、ユウは胸が熱くなった。

仲間と、師と、ライバルさえも共に進む。

その先に何が待つのかはわからない。だが、歩みを止める理由はなかった。


朝日が森を照らし出す。

六人は肩を並べ、次なる地平へと歩みを進めていった。

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