第28話
壁画の奥、石板の列が並んでいた。
ノエルがその一枚を丁寧に拭い、文字を読み取る。
「……“ここに封じられしもの、その全容を記す”」
描かれていたのは巨大な影の姿だった。
人の形をしながらも、獣の牙を持ち、背に黒き翼を広げている。
怒りに燃える姿も、涙を流す姿も描かれ、まさに善悪両面を持つ存在として刻まれていた。
「これが……封印されているもの」
ユウの声は低く震える。
リナは腕を組んで壁画を睨む。
「でもここにあるのは“記録”よ。
本当の封印の地は、もっと別の場所にあるってこと」
カイが奥の石碑を指差す。
「ほら、こっちに地図らしきものが刻まれてる」
ノエルが駆け寄り、目を凝らす。
「……あった。封印の地。けれど、位置は古代の座標で示されている……現代の地図には存在しない」
ユウは背の手紙に触れる。
封蝋が微かに光を放ち、石碑の地図と共鳴するように脈動した。
「……やっぱり。手紙は“封印の地”を示すための鍵だ」
リナは小さく笑った。
「封印の全容を知っただけでも大収穫。でも本当の物語は、これからってわけね」
遺跡を吹き抜ける風は冷たく、まるで遠い彼方からの呼び声のように四人の心を震わせた。
◆
暗き広間に、再び炎が揺れる。
玉座に座した黒衣の影のもとへ、一人の部下が駆け込んだ。
「報告いたします……!
ユウたちが、遺跡で“封印の全容”を記す壁画を発見しました。
そして……封印の地の所在に繋がる記録を」
影は沈黙した。
その場に重苦しい気配が広がる。
やがてゆっくりと立ち上がり、冷たい声を落とす。
「……そうか。奴らはもう、核心に触れたか」
部下は怯えながら続けた。
「このままでは……封印の地に先に到達される可能性が……」
「構わぬ」
低い声がそれを遮る。
「むしろ好都合だ。封印の地は容易に辿り着けぬ。
奴らが苦難を越えたその瞬間……私が現れ、手紙を奪えばいい」
暗闇の奥で、幾つもの影が蠢いた。
幹部を失った空席を埋めるように、新たな者たちが跪いている。
「次の舞台は決まった。
封印の地――我らが悲願を果たす場所だ」
その声は広間に響き渡り、炎が大きく燃え上がる。
ユウたちの旅と黒衣の影の野望が、ついに同じ一点へと収束し始めていた。
◆
遺跡を後にしたユウたちは、林の奥に小さな開けた場所を見つけた。
そこにはすでに焚き火の跡があり、簡素な布が張られている。
近づいた瞬間、ノエルが目を見開いた。
「……これは!」
火を起こしていたのは、彼女の師匠であるセリナだった。
傍らには、先ほど別行動を取っていたガロウの姿もある。
「無事に戻ったようだな」
ガロウは短く言い、ユウたちを見回す。
セリナは柔らかな笑みを浮かべ、ノエルを迎えた。
「遺跡に入ったと聞いて心配していたの。……よく帰ってきたわね」
ノエルは胸にこみ上げるものを押さえきれず、師匠の腕に飛び込んだ。
ユウとカイは黙って見守り、リナは少しばかり目を伏せた。
やがて全員が焚き火の周りに腰を下ろす。
温かな光と香ばしい食事の匂いが、張り詰めた空気を少しずつ和らげていった。
ガロウは遺跡で見た壁画や記録について尋ね、ユウたちはそれを一つ一つ語った。
セリナも耳を傾け、時折静かに頷く。
「……やはり、封印の地は別に存在するのですね」
セリナの言葉に、皆が黙り込む。
ユウは火の揺らめきを見つめながら答えた。
「だから、行かなきゃいけない。
俺は……手紙を、最後まで届ける」
その言葉は、焚き火の音と共に夜空へと溶けていった。
遺跡を後にしたユウたちは、林の奥に小さな開けた場所を見つけた。
そこにはすでに焚き火の跡があり、簡素な布が張られている。
近づいた瞬間、ノエルが目を見開いた。
「……これは!」
火を起こしていたのは、彼女の師匠であるセリナだった。
傍らには、先ほど別行動を取っていたガロウの姿もある。
「無事に戻ったようだな」
ガロウは短く言い、ユウたちを見回す。
セリナは柔らかな笑みを浮かべ、ノエルを迎えた。
「遺跡に入ったと聞いて心配していたの。……よく帰ってきたわね」
ノエルは胸にこみ上げるものを押さえきれず、師匠の腕に飛び込んだ。
ユウとカイは黙って見守り、リナは少しばかり目を伏せた。
やがて全員が焚き火の周りに腰を下ろす。
温かな光と香ばしい食事の匂いが、張り詰めた空気を少しずつ和らげていった。
ガロウは遺跡で見た壁画や記録について尋ね、ユウたちはそれを一つ一つ語った。
セリナも耳を傾け、時折静かに頷く。
「……やはり、封印の地は別に存在するのですね」
セリナの言葉に、皆が黙り込む。
ユウは火の揺らめきを見つめながら答えた。
「だから、行かなきゃいけない。
俺は……手紙を、最後まで届ける」
その言葉は、焚き火の音と共に夜空へと溶けていった。
夜が明け、鳥の声が森に広がる。
冷たい朝霧の中、ユウたちは焚き火の残り火を片付け、旅支度を整えていた。
セリナがノエルのマントの留め具を直しながら微笑む。
「昨日までよりも、ずっと強い顔をしてるわね」
「……師匠のおかげだよ。でも、ここからが本当の勝負だと思う」
ノエルはきっぱりと答え、その瞳に揺るぎない決意を宿した。
一方、ガロウは剣の手入れを終えると、ユウに視線を送る。
「封印の地へ向かう道は、さらに険しい。覚悟はあるか」
ユウは一瞬だけ息を呑んだが、迷わずうなずいた。
「あります。手紙を届けるって決めたから」
リナは少し離れた場所で腕を組み、退屈そうに欠伸をしながらも耳を傾けていた。
「ユウ、前よりも言葉に力があるわね。……悪くない」
からかうような笑みを浮かべたが、その目にはわずかな期待が宿っていた。
カイは両手を頭の後ろに組みながら笑った。
「じゃあ決まりだな。みんなで行こうぜ。群れってのは、一人よりずっと強いもんだ」
その言葉に、ユウは胸が熱くなった。
仲間と、師と、ライバルさえも共に進む。
その先に何が待つのかはわからない。だが、歩みを止める理由はなかった。
朝日が森を照らし出す。
六人は肩を並べ、次なる地平へと歩みを進めていった。
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