第22話


魔物だらけの荒れ地を進む中、ユウたちは崩れかけた塔の内部へと足を踏み入れた。

壁はひび割れ、石の床には無数の爪痕。だが、不自然に整った書き込みがそこにあった。


「……これは」

ノエルが駆け寄り、壁に刻まれた古い文字を指でなぞる。


「……師匠の筆跡だわ」


彼女の声が震える。

壁には日付らしき数字と共に、短い記録が並んでいた。


――“転移に成功。だが戻る術を失った。

 この世界には、封印とつながる何かがある。調査を続ける。”


「間違いない……師匠はここに来ていた」

ノエルの瞳に光が宿る。


カイが耳をぴくりと動かし、低く唸った。

「まだ生きてる可能性はあるってことだな」


「ええ。師匠は簡単には諦めない人だから」

ノエルは強く拳を握りしめる。


師匠は少なくとも数年前にここで生きていた。

そして「封印」という言葉を残している。


ユウが刻まれた文字を見つめ、静かに言った。

「やっぱり……俺たちの目的と、ノエルの師匠はつながっているんだな」


「そのようだな」

師匠(ユウを鍛えた旅人)が頷く。

「ならば、この痕跡を辿れば道は開けるだろう。問題は……魔物どもがそれを許すかだ」


ちょうどその時、塔の奥から低い唸り声が響いた。

壁を揺るがすほどの咆哮。


「来るぞ!」

ユウは剣を構えた。


塔の奥から現れたのは、黒い甲殻に覆われた四足の魔物だった。

赤い目をぎらつかせ、塔を侵す intruder を追い払おうと唸り声を上げる。


「来るぞ!」

ユウが前に出て剣を振るう。


「援護する!」

カイが横から飛びかかり、魔物の足を押さえつける。

ノエルが詠唱を終え、小さな雷を放つと、魔物は苦鳴を上げて後退した。


「これで終わりだ!」

ユウが渾身の一撃を叩き込み、魔物は崩れ落ちる。


静寂が戻った。

ユウは肩で息をしながら、剣を鞘に収める。

「ふう……大したことなかったな」


師匠はその戦いぶりを静かに見ていた。

やがて口を開く。


「やはり強くなったな、ユウ」


「師匠……」

ユウが振り返る。


師匠は仲間たちに視線を移した。

「私はガロウ。放浪の剣士にすぎん。だがユウの剣を磨いたのは確かだ」


「俺も教えは短い間だったがな」

ガロウは笑みを浮かべる。

「剣の握り方も危うかった少年が、今は仲間と連携し、敵を退ける姿を見せる……感慨深いものだ」


ノエルは頷きながら尋ねた。

「どうしてあなたはこの旅に?」


ガロウの目が鋭くなる。

「黒衣の影の動きを放ってはおけん。

 そして……この世界には、私が知る“古の封印”に通じる気配がある。

 それを確かめるために、しばらく同行させてもらおう」


ユウは嬉しそうに微笑み、深く頭を下げた。

「心強いです、師匠!」


仲間たちも、それぞれ納得したように頷いた。

こうしてガロウは正式にパーティに加わり、旅は新たな段階へと進んでいく。


一行が塔の外へ出ると、荒れ果てた大地の上に風が吹き抜けた。

灰色の空を見上げながら、ガロウが口を開く。


「封印――それは遥か昔、人が恐れ、同時に縋った存在を閉じ込めたものだ」


ノエルが目を丸くする。

「人が……縋った?」


「ああ。

人は力を求めた。だが、その力はあまりに大きすぎた。

やがて恐怖が勝ち、人はその存在を封じた。

……善と悪、両方を宿す力を、な」


カイが眉をひそめる。

「ってことは、その存在は……敵なのか、味方なのか」


ガロウは首を横に振った。

「その答えを知る者はいない。ただ一つ確かなのは――黒衣の影は“封印を壊すこと”を望んでいる。そして、我らが立っているこの世界こそ、その封印の縁に通じる場所だ」


風が止まり、一行の間に重苦しい沈黙が落ちた。


ユウは剣の柄を握り、真っ直ぐに言った。

「なら……確かめなきゃいけない。

 この旅の終わりに何が待つのか、自分の目で」


ガロウは静かに笑い、頷いた。

「その覚悟があるなら、迷わず進め。

 答えは必ず……お前たちの前に現れる」


荒涼とした大地を背に、彼らはさらに奥へと足を進めた。

そこにはノエルの師匠の痕跡、そして封印の真実が待ち受けていた。


灰色の世界を渡る風の中、一人の影が歩いていた。

赤い外套を揺らし、口元には余裕の笑みを浮かべている。


リナ――ユウたちのライバルにして、常に先回りするように姿を現す女。


彼女は古びた石碑の前で足を止めた。

そこには黒い刻印が浮かび、かすかに光を帯びている。


「やっぱりね……封印の匂いがする」

低く呟き、手袋越しに指先を触れる。


視界に一瞬、幻のような映像が広がった。

荒ぶる巨影、人々が逃げ惑う姿、そして“鍵”を持つ者たちの姿。


リナは目を細め、口角を上げる。

「ふふ……やっぱりあの子たちが絡んでるのね。面白い」


彼女の目的はユウたちのように「手紙」ではない。

だが、黒衣の影の動きと封印に関して、独自に調べを進めていた。


「黒衣の影は封印を壊す……けど、あたしの狙いはちょっと違うの」

小さく笑うと、腰の短剣を抜き、石碑に刻まれた印をなぞる。


「ユウ。あんたがどこまで成長するか……楽しみにしてるわ」


そして彼女は再び歩き出した。

足音は軽やかだが、その瞳は真剣だった。

リナの真の目的は、まだ誰にも明かされていない。

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