第21話

黒衣の影は静かな洞窟の奥に集っていた。

湿った空気を纏うその場所は、古代より続く封印の力が満ちる地のひとつ。

彼らは膝をつき、中央に描かれた紋様に祈りを捧げる。


「……少年がここまで進むとは」

影の一人が低くつぶやく。


「師を得て、仲間を得て……成長の速度は予想以上だ。いずれ、あの扉に辿り着く」


「放置はできぬ」

最も古参の影が答える。声には焦りよりも静かな決意があった。

「封印は二度と解かれてはならない。人の心は脆く、欲は果てしない。あの存在を呼び覚ませば、再び大地は血に沈む」


沈黙が落ちる。

だが、その沈黙には迷いではなく、共通の恐れが宿っていた。


「……我らがやるべきは一つ」

「少年を止めること」


別の影が低く笑う。

「ただの子供と思っていたが、あれはすでに脅威だ。成長の果てに封印へと手を伸ばす……それは世界を揺るがす刃となる」


最古参の影はゆるやかに首を振った。

「脅威ではない。希望でもない。ただの『可能性』だ。だからこそ恐ろしい」


彼らは再び紋様に手をかざした。

古代から伝わる言葉が響き渡る。

――封印を守れ。未来を守れ。


闇の中、黒衣の影たちの姿は溶けて消えていく。

残されたのは、石に刻まれた古の警告文だけ。


「力を解き放つな。人はその重さに耐えられぬ。」



戦いを終えた遺跡は、静けさを取り戻していた。

三人は荒い息を整えながら、奥へと進む。


ノエルは壁の文様を読み取り、声を上げる。

「やっぱりこれは……古代の転移術式だわ。師匠の研究の証拠よ!」


その時だった。

低く、落ち着いた声が響く。


「よくここまで辿り着いたな、ユウ」


振り向くと、光の残滓の中に一人の剣士が立っていた。

ユウの目が大きく見開かれる。


「師匠……!」


かつて森で出会い、剣の基礎を叩き込んでくれた人物。

短い時間しか共にいなかったはずのその存在が、再び目の前に現れていた。


師匠は微笑を浮かべ、ユウを見つめる。

「剣の握り方が変わったな。迷いが少なくなった」


ユウは胸を張り、答えた。

「仲間ができたからです。俺、一人じゃない」


カイとノエルも驚きつつ、その会話を見守る。


師匠はゆっくりと歩み寄り、壁に刻まれた紋様に触れた。

「この遺跡は、道を選ぶ者を試す場でもある。

 お前たちが守護者に勝てたのは、力だけじゃない。心の在り方が認められた証だ」


ユウは師匠の言葉を噛み締めた。

「……じゃあ、この先に進んでいいんですね?」


「……進むのは容易ではないだろう」

師匠は壁の光を見つめながら、静かに言った。


ユウが尋ねる。

「師匠も、一緒に来てくれるんですか?」


少し間を置いてから、頷きが返る。

「お前がどこまで成長できるか、この目で確かめたい。

 それに――この転移の先にあるものを、私も確かめねばならん」


ユウの胸が熱くなる。

一人ではない。仲間と、そして再び師匠と共に進める。


ノエルは興味深そうに師匠を見た。

「剣だけじゃなくて、知識も豊富そうね。旅がずいぶん心強くなるわ」


カイは腕を組み、笑みを浮かべる。

「ふん、人間の師ってやつか。まぁ、お前が強けりゃ歓迎だ」


師匠はわずかに笑い、歩を進めた。

「強いかどうかは、これからの旅で確かめるがいい」


四人は光の門を抜け、新たな世界へ足を踏み入れた。


灰色の大地に立つユウたちの前に、黒衣の影の兵が現れた。

覆面を外すと、そこにあったのは人間の顔。

だが虚ろな瞳と刻まれた黒い紋様が、彼らの意志を奪っていることを示していた。


「……黒衣の影の手下か」

ユウは剣を構え、迷わず前に出た。


兵たちが一斉に襲いかかる。

ユウは鋭い剣筋で受け流し、切り払う。

カイは獣のような速さで背後から叩きつけ、ノエルの魔術が敵の動きを縛る。


師匠が短く言う。

「いい連携だ。お前たちはもう、一人ではない」


戦いは激しく続くが、ユウの剣に迷いはなかった。

人間であろうと、敵として立ちはだかるなら倒す――

だが致命を避け、意識を奪う一撃に留める。


やがて最後の兵が崩れ落ち、辺りに静寂が戻る。


ユウは剣を下ろし、仲間を見回す。

「……これで突破できたな」


師匠は小さく頷いた。

「剣に無駄がなくなった。お前は確かに強くなっている」


ユウは息を整えながら、真っ直ぐに返す。

「師匠。俺は仲間と共に、もっと強くなります。黒衣の影に負けないために」


四人は視線を交わし、さらに奥へと歩みを進めた。



灰色の空は重く垂れこめ、太陽の光さえ届かない。

足元の大地は黒くひび割れ、枯れた木々が突き刺さるように並んでいた。


「……ひどいな」

カイが低く唸る。

その鋭い耳に、獣の咆哮や羽ばたきの音が絶え間なく届いている。


遠くを見やれば、岩山を覆うように巨大な影がうごめき、地平線には群れを成す魔物の姿が見えた。

牙、爪、翼、鱗――あらゆる形態の魔物が、この世界の支配者のように蠢いている。


ノエルは顔をしかめて呟いた。

「魔物ばかり……まるで、人間が生きられる場所じゃないわ」


師匠が冷静に言葉を重ねる。

「いや……人が住んでいないからこそ、魔物の巣窟になったのだろう。

 だが、完全に無人の世界というわけでもなさそうだ」


「どういうことです?」

ユウが問い返す。


師匠は遠くを指差した。

黒い森の向こうに、崩れかけた石造りの塔がかすかに見えている。

人工の建造物――つまり、人の痕跡。


「この世界にも人はいた。だが今は……」

言葉を濁す師匠の視線の先、塔の周囲を大蛇のような魔物が這っているのが見えた。


ユウは剣を握りしめる。

「行くしかない。この世界で生き抜いて、手紙を届けるために」


仲間たちも無言で頷き、魔物だらけの地を進み始めた。


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