第23話
荒れ果てた大地を進むユウたちの前に、黒い森が広がっていた。
ねじれた木々は陽を遮り、森の奥からは異様な気配が漂ってくる。
「……ここから先に、師匠の痕跡が残っているはず」
ノエルが壁に刻まれた文字を思い返しながら、前を見据える。
カイは鼻をひくつかせて唸る。
「魔物の匂いが濃いな。群れで動いてやがる。油断すれば一瞬で囲まれるぞ」
ガロウが頷き、落ち着いた声で言った。
「危険を承知で進むしかあるまい。だが、焦るな。お前たちは一人じゃない」
ユウは仲間を見回し、剣の柄を握りしめた。
「行こう。ノエルの師匠の痕跡を辿って、この世界で何が起きているのか確かめるんだ」
三人と一人の師匠は、黒い森の中へと足を踏み入れた。
枝葉が絡み合い、すぐに昼の光は消え、辺りは薄暗くなる。
その静寂の中――どこからか、低いうなり声が響いた。
不穏な気配が、一行を包み込む。
森の奥は昼なお暗く、空気はひどく重かった。
獣の唸り声が遠くで響き、仲間たちは剣や魔術の構えを解かぬまま慎重に進んでいく。
「……待って」
ノエルが足を止めた。
彼女が指差した先、枯葉に覆われた地面に金属の光が覗いていた。
ユウが屈んで掘り出すと、それは小さな道具箱だった。
蓋を開けると、錆びた器具やインク壺、そして数冊のノートが現れる。
ノエルは息を呑み、震える手でその一冊を取り上げた。
「これ……師匠の、研究記録よ」
ノエルがページをめくると、整然とした筆跡で膨大な観察と考察が記されていた。
――魔物の生態。
――転移現象の仕組み。
――そして「封印」という言葉の繰り返し。
「やっぱり……師匠はこの森を拠点に研究を進めていたのね」
ノエルの声には、安堵と決意が入り混じっていた。
ガロウがノートを手に取り、真剣な表情で目を通す。
「……ほう。これは驚いた。魔物の発生と封印の揺らぎを関連付けているとは」
カイが腕を組んで眉をひそめる。
「つまり、この森に魔物がやたら多いのは……封印が近いからってことか?」
「可能性は高い」
ガロウが静かに答える。
「そして黒衣の影も、この事実を掴んでいるのだろう」
ユウは拳を握りしめ、決意を込めて言った。
「なら……俺たちが師匠の研究を引き継いで進まなきゃいけない。黒衣の影に先を越されるわけにはいかない」
ノエルは強く頷いた。
「ええ。師匠の足跡を辿って、この先にある答えを見つけましょう」
木々のざわめきが、不気味な警鐘のように響いていた。
一行はノートを手に、さらに森の奥へと進んでいく。
森の奥、研究の痕跡を前に、ユウはリナを睨みつける。
「やっぱり……お前の目的は、この手紙なんだな」
リナは唇をつり上げた。
「そうよ。この世界の真実だとか、使命だとか……そんな綺麗事じゃない」
「この手紙の先に眠ってるもの、あたしが欲しいのはただそれだけ」
「欲しいもの……?」ノエルが問い返す。
リナの瞳は、野心と好奇心の炎に輝いていた。
「権力かもしれない。力かもしれない。あるいは……もっと大きな何か。
まだ見ぬ“未知”を、この手で掴みたいだけ」
ユウは手紙を握りしめる。
「ふざけるな……これは俺に託されたものだ! お前の欲のために渡すわけにはいかない!」
リナは笑った。
「そう、そうやって反発するユウが見たいの。だから奪いがいがあるのよね」
一歩近づき、ユウの耳元で囁く。
「でも安心して。今すぐじゃない。もっと面白くなるまで、ね」
そして軽やかに身を翻し、闇へと消えていく。
残されたのは挑発の余韻と、強烈な焦燥感だけだった。
リナが去り、森に再び静けさが戻った。
ユウは胸元の手紙をぎゅっと握りしめる。
「……あいつ、やっぱり手紙を狙ってる」
カイは低く唸る。
「ユウ、あの女は危険だ。欲に目が曇っている」
ノエルが不安そうに言った。
「でも……どうしてそこまでして、この手紙を?」
その問いに、ガロウが目を細める。
「……リナという名を、私は文献と記録で見たことがある」
三人が振り向く。
「彼女はある商家の娘として生まれたが、幼くして一族を失った。
財産も居場所も奪われ、残ったのは“奪うことでしか生き残れない”という生き方だったらしい。
その後は影のように動き、欲望のままに生きる女――そう記されていた」
ユウは息をのむ。
「……だから手紙まで……」
ガロウは首を横に振った。
「同情はするな。彼女は哀れであると同時に、危険な存在だ。
お前が持つその一通の手紙――それこそが、彼女の渇望を引き寄せているのだから」
ノエルがぎゅっと唇を噛む。
「じゃあ……ユウが負けたら、この旅も……」
ユウはしっかりと顔を上げ、仲間を見回した。
「だからこそ、俺は負けない。
手紙は、俺に託された一つだけ。絶対に守り抜いて届ける」
ガロウは小さく頷き、静かに言った。
「……その覚悟を、忘れるな」
◆
薄暗い洞窟。蝋燭の炎に照らされ、黒衣の者たちが集っていた。
その中心に立つ影が、低い声を響かせる。
「……ユウたちが動いたか」
一人の手下が膝をつき、報告する。
「はい。森で古い研究の痕跡を見つけた模様。
さらに……リナも姿を現したとの情報が」
「リナ……」
影はその名を繰り返すと、微かに笑った。
「欲望に突き動かされる女。
だがその渇きは利用できる。手紙を巡る競争は、混乱を広げるには都合がいい」
別の男が不安げに口を開いた。
「しかし……彼らが“封印の地”へ近づけば、我らの望む均衡も乱れるのでは……?」
影の瞳が、蝋の火を受けて赤く光る。
「だからこそ、守らねばならぬのだ。封印は決して解かれてはならない。
我らが存在の意味は……“封じ続けること”にある」
沈黙が落ちる。
「手下たちを動かせ。
ユウも、リナも、封印へ辿り着く前に手紙を回収させろ。
彼らが進めば進むほど、こちらにとっても危険となる」
手下たちが一斉に頭を垂れる。
洞窟の奥で響く笑い声は、不気味に長く尾を引いた。
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