第6話

長い道を抜けた先に、それはあった。


崖の上に建つ、巨大な建物。

石の壁は苔むし、塔は雲に届きそうなほど高い。


「でっけぇ……!」

カイが目を丸くする。


ユウも言葉を失っていた。

あれが――北の大図書館。


重たい扉を押し開けると、冷たい空気と古い紙の匂いが漂った。


無数の本棚。

天井から差し込む光に、塵が舞っている。


「よく来たな、旅人よ」


奥の階段から、黒衣ではないが威厳ある学者が降りてきた。

長いローブ、銀色の髭。


「その手紙を見せてみなさい」


ユウは少し迷ったが、手紙を差し出した。

学者は慎重に開き、目を走らせる。


沈黙。

鼓動が耳に響く。


「……これは」

学者の声がかすれた。


「王国の“最後の王子”の署名だ」


ユウもカイも凍りついた。


「数百年前、滅びた王家の血筋。

 だが……この手紙が本物なら、王子は生き延びていたことになる」


血が逆流するような衝撃。

ただの手紙じゃなかった。


「少年よ。

 お前が運んでいるのは――王国の“希望”そのものかもしれぬ」

 

 第十六章 王国の記憶


学者は椅子に腰を下ろし、深く息をついた。


「数百年前、この北の地には大きな王国があった。

 豊かで、誇り高く、だが……あまりに強すぎた」


ユウとカイは黙って耳を傾ける。


「やがて周囲の国々の恐れを買い、反乱と侵攻に晒された。

 内からも外からも、王国は切り裂かれ……滅んだ」


学者の瞳が遠くを見つめる。


「だが、伝承にはこう残っている。

 最後の王子が一通の手紙を託し、真実を後世に伝えようとした――と」


その言葉に、ユウの手の中の手紙が重く感じられた。


「では……この手紙は」


「ああ。

 おそらく“王国滅亡の真実”を告げるものだろう」


カイが眉をしかめる。

「それを狙ってるのが、黒衣の連中ってわけか」


学者はうなずいた。


「やつらはかつて王国を滅ぼした者たちの末裔、あるいはその意志を継ぐ者かもしれん。

 手紙を握りつぶし、真実を闇に葬ろうとしているのだろう」


背筋に冷たいものが走った。


「ユウ」

学者の目がまっすぐ射抜く。


「お前が手紙を届ける先は、ただの宛名ではない。

 それは“まだ見ぬ真実”そのものだ」


ユウは拳を握りしめた。


旅の意味が、変わった気がした。


第十七章 影より早く


図書館を出た夕暮れ。

ユウとカイは石畳を歩いていた。


「なあユウ、本当に届けられるのか?」

カイの声には不安が混じっていた。


ユウは答えられなかった。


そのとき――路地の影から、ひらりと姿が現れる。


「おやおや。随分と真剣な顔をしてるじゃない」


リナ。

赤い瞳が夕陽を反射して輝いていた。


「……またお前か」

カイが警戒して前に出る。


「安心して。今日は奪わないって言ったでしょ?」


彼女は微笑みながら、手紙を指さした。


「でもね、少年。あんた、学者の話を全部信じちゃだめよ」


ユウの胸がざわついた。


「どういう意味だ」


「“最後の王子”なんて、美しい話に聞こえるけどね。

 実際は……王国が滅びたのは王族の裏切りが原因だって噂もある」


「裏切り……?」


リナは肩をすくめる。


「つまり、その手紙が真実を伝えるっていうのは本当かもしれない。

 でも、もしそこに書かれてるのが――王家の“醜さ”だったら?」


言葉を失うユウ。


「信じるも信じないも、あんた次第よ。

 ただ、黒衣の連中も学者たちも、自分の都合のいい真実を語るだけ。

 少年、あんたにとっての真実は……どこにある?」


リナはくすりと笑い、踵を返した。


夕陽に溶けるように消えていく。


ユウはその背中を見つめながら、手紙を強く握りしめた。

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