第2話
森を抜けた先に、その街はあった。
石畳の道。
屋台の喧騒。
知らない匂いに包まれて、ぼくの心は高鳴った。
「……これが、旅なんだ」
手紙を届ける手がかりを探そうと、ぼくは街の掲示板に目をやった。
旅人向けの地図や、依頼が貼られている。
けれど――
そこに答えはなかった。
「やっぱり、簡単には見つからないか……」
ため息をついた、そのとき。
「探しもの? 少年」
その声に、背中が凍った。
振り返れば、あの笑み。
リナが屋台の影にもたれていた。
「やっぱり街に来ると思った」
彼女の視線は、ぼくのポケットへまっすぐ向いていた。
「まだ持ってるよね。例の手紙」
「……なんで知ってるんだよ」
ぼくが睨むと、リナは肩をすくめて笑った。
「そんなの、あたしの仕事だから」
「仕事?」
「そう。手紙を探してるのは、あたしだけじゃない」
リナはさらりと言った。
「でも安心して。今は奪わないよ」
彼女は屋台のりんごを勝手に取って、かじった。
「ヒントが欲しいんでしょ?」
ぼくは思わず息をのむ。
「手紙は……北へ進めばいい」
「北?」
「そう。山を越えた先の街で、宛先に近づけるかもね」
どうしてそんなことを知ってるんだ?
聞き返そうとした瞬間――
リナはりんごを投げてよこした。
「お礼はいらない。その代わり――」
彼女は片目を閉じて、いたずらっぽく笑った。
「次は、本気で奪いに行くから」
そう言って、人混みの中に消えていった。
北へ向かう道は、すぐに山へと続いていた。
岩肌だらけの急な坂。
足を取られて転びそうになる。
「くそっ……」
そんなときだった。
「足の運びが甘いな、坊主」
低い声に振り返ると、そこにはひとりの男が立っていた。
背中には大きな荷を背負い、体は岩みたいにごつい。
髭もじゃで、目つきは鋭い。
「だ、誰……?」
「通りすがりの旅人だ」
男は笑い、重そうな荷を軽々と下ろした。
「だが――坊主、ただの旅じゃねえだろ。
そのポケットに隠してるもん、見りゃわかる」
胸がざわついた。
まさか、この人まで……?
「安心しな。奪う気はねえ」
男は岩に腰を下ろし、ゆっくりと言った。
「ただ……届けるつもりなら、強くなれ。
でなきゃ、途中で死ぬぞ」
その声には、どこか温かさがあった。
男の名は、ガロウと名乗った。
彼は山道の途中に小さな小屋を持っていて、数日間そこに泊めてもらうことになった。
朝はまだ暗いうちから、木刀を握らされた。
足運び。構え。呼吸。
何度も何度も倒されては、また立ち上がった。
「強さってのはな、力のことじゃねえ」
木刀を振りながら、ガロウは笑った。
「立ち上がり続けることだ。
諦めなければ、いつか一人前になれる」
その言葉が、胸に深く響いた。
体は痛くて、もう動かない。
けれど、心の奥に小さな火が灯るのを感じた。
数日後――
「ここまでだな」
ガロウはそう言って、ぼくの肩を叩いた。
「手紙を届ける道は、お前自身で歩け」
「……ガロウさん」
言葉がつまる。
「また会える?」
彼は背を向けて、大きな荷を担いだ。
「さあな。だが、会えなくてもいい。
お前はもう、ひとりで歩ける」
そう言い残し、ガロウは山道の向こうへ消えていった。
風が強く吹いた。
そのとき初めて、ぼくは手紙を握る手に――
ほんの少しだけ力が宿った気がした。
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