第4話 ふたば屋のフロアレディーは法律家でもある

 フロアレディーである優奈は答えた。

「実はそうなのよね。私の実父の前の奥さんと子供は籍を抜いたから、一銭も遺産は入らないんだけれど、父にはもう亡くなってしまったけど兄がいて、その子供に代襲相続が行われるの。兄弟の遺産分は四分の一だけれど、そうなると私の残り分はわずかなものとなってしまうの」

 古田君はポカンとしたような顔で聞いていた。

 すると優奈はすかさず

「遺産というのは、配偶者と子供が二分の一なの。そして親子間は三分の一、兄弟間は四分の一と決められてるの」

 村木兄さんは、がぜん興味を示した。

「じゃあ、遺産が四千万円あったとしたら、配偶者には半分の二千万円、子供には残りの二千万円が入るわけで、それは子供の数だけ分けなければならない。

 たとえば子供が四人いたら、2千万円÷4=500万円というわけだね」

 古田君が思いだしたように言った。

「それと愛人の子ー嫡子というんだけれど、それも実子と同様に含まれるわけだよ。昔は嫡子は実子の半分の額だったが、今は同額になったよ。

 だから嫡子が二人いた場合は、実子も含め2千万円÷6ということになるな」

 優奈は感心したかのように言った。

「なかなか詳しいわね。しかし嫡子といっても、それは実父が認知した場合に限られるけどね。

 だから遺産というのは、思いがけないところから入ってくるケースもあるわ」

 村木兄さんも、うなづきながら言った。

「そういえば、こんな話を聞いたことあるよ。

 ある若い女性は、二歳のときに実父がなくなり、兄弟もいず二十歳のときに母親が亡くなり、天涯孤独だと思っていたの。

 そんなとき、父親の姉の遺産が転がり込んできたの。

 父親の姉は身よりがないから、その女性のところに遺産が入ってきたのね。

 もちろん、その女性は亡くなった父親の姉とは親戚関係にあたるけれど、一面識もないどころか、存在すらも名前すらも知らないのよ」

 古田君が言った。

「その親戚にあたる女性はもしかして遺言状で、その若い女性に遺産が入るようにしたのかもしれないな。

 また若い女性も、自分で記憶に残っていないだけで、幼い頃遊んでもらったとか

亡父の葬式で顔を合わせたという事実があったのかもしれない。

 まあ、誰でも一度は兄弟の家に遊びに行ったりするものだからね」


 古田君は顔には分厚いファンデーションを塗っているせいもあり、話しているときは、親しみやすい普通の男性である。

 フロアレディーの優奈が言った。

「最初は、どんな風に接したらいいか迷ったわ。

 あまり明るくするとかえって傷つけるような気がしたし、かといってバカ丁寧な敬語を使うと、距離を置かれるような気がしたの。

 でも、古田さんはネアカなのかな? 

 学生時代はもてたんじゃない?」

 村木兄さんは答えた。

「ピンポーン。古田君は運動会ではスターだったし、バレンタインデーのチョコも十個くらいもらってたよ。

 内心、うらやましい限りだったな」

 古田君は答えた。

「オレは、高校一年のとき、バイク事故を起こしてこの顔になったとき、いつも死を考えてたんだ。

 見舞いにきてくれた村木君に「友達だと思うなら、殺してくれ。そしてオレを楽にしてくれ」なんて無茶を言ったこともあったね。

 でもその後、村木君にオレンジ色のファンデーションの上に、肌色のファンデーションを塗るというリハビリメイクを紹介されてから、オレは徐々に精神を回復していったんだ」

 村木兄さんは少々嬉しそうに言った。

「聖書の御言葉に「何よりもまず心を守りなさい。心は命の泉である」とあるだろう。

 早く、元の古田君に戻ってくれるために、神にとりなしの祈りをしてたんだ。

 すると、日に日に効果が現れたよ」

 古田君はもともとネアカで目立ちたがり屋で、そして頑固で負けず嫌い。

 もとの古田君に逆戻りってわけさ」

 古田君は言った。

「ピンポーン。その通りです。

 いや、オレは昔よりもポジティブになったみたい。

 だって、人生一度きりだろう。ここで死ぬのも人生。

 だったら、ポジティブに生きなきゃ損じゃない。

 だから、オレ、今度行きつけのカフェを借り切って、一日だけライブを開くんだ。そして昔、好きだったアイドルの歌もご披露するよ」

 村木兄さんは答えた。

「そういうことなら、ぜひオレもライブに参加させてよ。

 ところでそのカフェの場所を教えてよ。

 もしかして、四十年昔からあるカフェコスモスだったりしてな。

 今は未成年者は喫煙カフェには入れなかったが、昔はそんなこと関係なかったものな。確か18歳のとき、古田君と一緒に行ってカレーライスを食べた記憶があるよ。

 ちょっぴり甘めなカレールウで人参やじゃがいもがゴロゴロ入ってて、野菜嫌いだったらオレにも食べることができたよ」

 古田君は答えた。

「うわあ、なつかしいな。実はオレ達、カフェコスモスで、合席になった女の子をナンパしたこともあったっけな」

 村木兄さんは笑いながら

「実はそれが、地元のコンビニ店員だったと知ったときは、大笑いしたものだよ。

 あのときは楽しかったな。

 でも、古田君は性格は、あのときとそう変わっていない」

 古田君は、笑いながら答えたが、頬は少々ひきつっていた。

「実はオレ、頬にも火傷の跡があるけど、今はこの通りファンデーションで隠してるんだ。しかし、オレは人相は変わっていないと言われるよ。

 相変わらず恋愛至上主義で、まあ、昔は同時進行など当たり前だったけどな。

 オレの顔の傷は、フラれた女のたたりだなんていう奴もいたくらいだよ」

 村木兄さんは答えた。

「ホント、あの頃の古田君は、アイドル並みのイケメンだったものな。

 女の子の方から、声をかけてきたくらいだよ。

 古田君は悪気はなくても、つい女の子からの誘いをきっぱり断れなくて、来るもの拒まず、しかし去る者後は追わずのスタンスだったなあ」

 フロアレディー優奈は口を挟んだ。

「できたら私もそのライブに参加したいな。

 今からチケット予約しておきます」

 なんだか話題は古田君満載である。

 古田君、村木兄さん、優奈は笑顔でこの場を締めくくった。

 最後に古田君は言った。

「オレ、ここにきてまた男としての自信がついたよ。

 この顔の傷は一生涯治らないけど、また自信をつけるために、今度は一人で来ていいかな」

 優奈は笑いながら言った。

「今度は私を指名してね。売上にご協力ありがとうございます。

 村木さん、いい人を紹介してくれて感謝しまーす」

 村木兄さんは言った。

「傷というものは、月日と共に薄くなっていくものだよ。

 正直オレは、古田君を誘うことに躊躇したけど、思い切って誘ってよかった。

 古田君は、声も性格も雰囲気もうしろ姿も昔から変わっていないよ。

 まあ、ひきこもりになるタイプではないことを、これで確信したよ」

 古田君は、やすらぎに満ちたような表情で

「自分では気づかなかったけど、うしろ姿が変わっていないとはほっとしたよ。

 オレはこれから強く生きていきます」と宣言するように言った。


 以上は、千尋が幼馴染の村木兄さんから聞かされた話である。

 ネガティブさのなかに、なんだか救いのようなものを感じた。

 今の世の中、世知辛いと言われているが、どんな苦境のなかにも救いはあるものである。

 そしてZ世代と言われている若者は、苦境に負けるのではなく、救いを与えるだけの精神力が必要だと思った。


 AI化などで、手作業だった仕事は奪われつつある。

 これからどうやって生きていこうか?

 それには想像力が必要である。

 そして、人の話ーたとえ親でも友人でも推しのアイドルでもーをうのみにするのではなく、自分で考えてみることだ。

 残念ながら、有名人のなかにはゴーストライターを使うケースが多い。

 売れるためには、仕方のないことだが、それを見抜く洞察力も必要である。

 もちろんSNSの情報は、全く事実無根のものもある。

 なかには、悪意をもって許可もえずに店や顔写真を撮影し、事実無根の悪質なコメントを添える輩もいるので、無断撮影は警察沙汰になりかねない。

 情報があふれている中、間違った情報をうのみにしてはならない。

 だまされたとしても金銭が絡まない限りは詐欺でもないし、自己責任になってしまう。傷ついたとしても、あくまでも自己責任であり、誰も癒してはくれない。

 家族に救いを求めても、癒されない場合は、刺激を求めるようになる。

 一人でできるゲーム、ギャンブル、果ては麻薬へとつながっていく。

 幸い、千尋の場合は相談にのってくれるママがいるが、そうでない人もいくらもいる。

 Z世代などと呼ばれているが、これからどうやって生きていこうか。



「」



そんな最中、淋しさを紛らわすためにイルミネーションの光輝く繁華街を歩いていると、やさしい物言いの若い男性が声をかけてくる。

 最初はホストということを名乗らずに、

「ねえ、僕はバイトして学費を払っている苦学生。

 今から、店の会議なんだ。遅刻すると罰金ものだ。だから同伴してくれない?」

 優しい物言いに魅かれ、ホストクラブの罠にはまってしまう。

 そんな女性は後を絶たない。


 千尋がそんなことを考えながら歩いていると、向こうから高校一年生のときの同級生ー静奈が歩いてきた。

 なんとも沈んだような顔をしている。

 静奈とは、クラスメートではあったが、挨拶程度で話したこともない。

 


 


 


 



 

 

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