珈琲の価値

 此奴本当にオフ車を毛嫌いしてやがるな、未成年だから家出した理由を聞いて其の後親にきつく叱られれば多少也とも懲りるだろうと、納得させて家に帰す心算でと思って居たのだが、其の目論見は見事に崩れ去る。


 瞬間湯沸かし器と言われる俺だ此処迄言われて引き下がる心算は無かった、バイクは其々の楽しみ方が在り人に良し悪しを強要されるもんじゃない、先ずは其処からだ!。

 <こうなったら家出の理由は後回しだ!>此の馬鹿娘!、俺の仕事もオンモデルを持って居る事もまだ一言も此奴に言って無い、嫌、人の事を理解しようと思うまで教えて堪るか!。


 曲りなりにも一応成人はしてる訳だし、とは言っても未だ僅かだけど…、聴く耳を持って居る事は位は見せて置かないとな…。


「嬢ちゃん何でそんなにオフ車を嫌ってるんだい、自分で乗れる訳じゃ無いよな?」

 そう試しに話しを振ってみたら意外な答えが返ってきた。

「だってオフ車って遅いって言うし、カッコも良く無いじゃん!」

 格好は個人の好みだから好き嫌いはしょうが無いとは思うが、遅いって言うのは何処から来た、話し振りだと誰かにそう聞いたって事か?。


「だって此の間言ってたもん『ロードバイクは速けどオフ車はゴミみたいに遅い』って!」

 瞬間湯沸かし器と言われる俺の本領発揮、ブチッ!と来た。何処のどいつだそんな事言ったのは?。

「ほほぅ~、そんな事言った奴が居るんだ?」

 かなりブチブチッと来ていたが表面上は未だ冷静を装っていたが、だが次の言葉で此方が言葉を失ってしまう。


「この間も帰りたくなくて駅前で声を掛けたんだけど、『良いよ泊めて上げる』って言ってくれた人が居てバイクに乗せてくれたよ、其の儘凄いスピードで走って駅前を120キロ位出してドンドン車を追い抜いてくのすごく速かったよ!」

 返す言葉を失い頭の思考が停まる、一般道で見ず知らずの娘を乗せてかよ?…。


「其の後其の人の部屋に行って済ませた後にバイク好きなの?って聞いて来たのね、好きって答えると『ロードバイクは速けどオフ車はゴミみたいに遅いって!、速く無いとバイクじゃ無い!』って言ってたよ、それでね声掛けて呉れれば又乗せて上げるよと言ってくれたんだよ」

 オイ一寸待て!、今此の間もって言ったよな?、此の馬鹿娘今回初めてじゃなくて常習犯なのかよ!、然しかも済ませてって言ったよな?、そんなに簡単に誰とでも寝るんかい此奴。


 常識も良識も貞操観念も無いんかい此奴は!、其れとも壊れてやがるのか?、俺はつい先日にそんな事をしていた娘が迎えた悲惨な末路の現場に行って来たばかりなんだぞ…。


「嗚呼解った!、一寸走りたく成った今から海を見に行くぞ!」

 今迄偶々運が良かっただけだ!、何時か取り返しの付かない事に成る筈だ一寸ばかしお灸据えてやるかと考えたのだが…。


「此処で良いよ~、出来ればどこかで寝たいよ…」

 と返って来たそして…。


「ご飯食べさせてくれたからホテルに行く?、何ならオジサンの部屋でも良いよ♥」

 全く悪びれずに続けて出て来る言葉…。


「あたしを泊めてくれるなら何時でも良いよ、連絡先教えて呉れたらコレ一杯でも良いよ♥」

 と飲みかけのカフェオレの入った珈琲のカップを持ち上げた…。


 其の言葉と行動に『ブッツン!』と何処かで大きい音が鳴った気がした。

 <コイツの腐った性根を叩き直してやる!>

 余計な御節介かも知れないさ、本来なら名も知らぬ娘がどんな結末を迎えるかも俺が関する事じゃ無い事も勿論理解ってる、此の娘と同じ様な事を繰り返した者の末路も先日知ったばかりな事も勿論在る、だが俺の傍に寄り添うとした者の全てを馬鹿にされたような気がしたからだ!。


「良いからサッサと行くぞ!、嫌なら今から警察へ連れてっても良いぞ!」

 と強めに言うと。

「もう眠いのに~~!」

 とブツブツ言ったが有無を言わせず手を引いて席を連れ出す。


 レジで会計を済ませていると客席に座る者と目が合った、先述のグループの中に良く見知った一人が俺だと気付いた、俺に声を掛けようとして手を挙掛けたそいつは直ぐに手を降ろす。

 女連れだったので声は掛けられずに済んだ様だが、連れてる娘を見て訝しがる奴の眼が物語る、是は悪い噂が広がると直感した、後日其れは現実の物と為るのだが・・。


 エンジンを掛けて少し暖気する、眠いとぐずって居るバカ娘に、

「覚悟しとけ!」と言ったのだが。

「良いよ、多少の事なら応えられるから!」と全く違う事を考えて居る様だ。

「嗚呼、存分に味わってくれ!」

 勘違いしている事を良い事に叩き直してやるさと走り出す、本当の速さを心の底から味合わせてやるさ、お前が言った遅いオフロードバイクがその辺の小僧供達とどれだけ違うのか、恐怖を伴うプロの走りがどんな物かをしっかりと刻み附けな…。


『嗚呼覚悟しろ!』


 スイッチが入ると意外と底意地悪いんです、其れはこの先でも出て来ます。


 兎に角許せなかった、守りたくても騙されて泣いた人が居る。

 俺の夢を叶える為に、自分の夢を引き換えにしてまで去って行った人を踏みにじるような言葉が、俺の中に在る何かのスイッチを入れさせた事は間違いない。

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