第41話 諦めの悪い枢機卿

先の誘拐未遂事件を画策した教会の枢機卿は、厳罰に処されたと思われていましたが、彼は秘密裏に、かつての部下や、リリの力を妄信する熱狂的な信徒たちを集めていました。


「静粛に! 私は、神の御心のままに、あの小娘、リリを聖王国へ連れ戻す! あの者は、我々教会の威光を取り戻すための、最後の希望なのだ!」


元枢機卿は、薄暗い隠れ家で、熱弁をふるっています。

(ここで挽回できなけければ、終わりなのだ)

見る人が見れば、彼の体の周りには、黒いモヤが見えたでしょう。


「うわあ、派手にやっちゃったわね、枢機卿様も」


システィナは、地面に転がる枢機卿とその部下たちを冷めた目で見下ろしながら、ため息をつきました。リリアも剣を鞘に納めながら、同じように地面を見つめています。


彼女達の周りには、死屍累々と転がる、自称聖職者たちの面々が見えます。

一応、生きてはいるようですが。


「本当に、懲りない方たちだわ。聖女様までいるのに、まさか白昼堂々、王城の庭園で襲撃を企てるなんて」

ミーナ王女は、呆れ顔です。


「あ、でも、フローラちゃんのおかげで、私たちはあまり動かずに済んだね!」


リリは、張られたままの透明な膜を指さしながら、楽しそうに笑いました。フローラは、頬を染めて照れています。


「い、いえ、滅相もございません。リリ様の安全を守るのは、当然のことですわ!それに、この程度の加護は、リリ様の御心の輝きに比べれば、取るに足らないものですわ!」


フローラは、そう言って、再びリリに深々とお辞儀をしました。相変わらずの「神の使徒」接し方です。


「リリ様、そのジュース、本当にすごいですね。私も、一口いただいてもよろしいでしょうか?」


「いいよ!フローラちゃんも、デトックスしちゃおう!」


リリは、笑顔でジュースの瓶を差し出しました。フローラは、ありがたそうに受け取り、一口飲みます。


「あら?美味しいですね でも、この方達はこの様に苦しがっているのでしょう?」

ふろーらは、首を傾げます。


「体の中の悪いものがないとね、ただの健康ジュースなんだよ! きっと、この日父達は体に悪いものがたまってたんだよ。」

「素晴らしいです、リリ様!」


そんな危機感のない二人の様子を、システィナとリリアは呆れたような、ため息混じりの表情で見守ります。


「……あの元枢機卿、これからどうなるのかしら?」


システィナが、地面に転がって、まだ苦悶の表情を浮かべている枢機卿を指して言いました。リリアは、静かに頷きました。


「王城の敷地内でこのような狼藉を働いたのです。辺境の修道院でやり直す、というより、監禁に近い形になるはずです」


「田舎の修道院でやり直せ、ですか。彼の嘆きが聞こえてきそうだわ。『田舎の修道院でやり直せだと、そんなことできるか!』って」


システィナが、枢機卿のモノマネをしながら、クスリと笑いました。


「ふふ、でも、リリ様のデトックスジュースを飲んで、少しは心が洗われたんじゃないかしら?」


リリアは、そう言って、リリの方を見ました。リリは、ジュースを飲み終えたフローラと、また新しいジュースの試作について話し合っています。


「今度はね、もっと甘くて、美味しいデトックスジュースを作るんだ! お花とか、フルーツとか、色々試してみるね!」


「まぁ、甘くて美味しいデトックスジュース! リリ様の発想は、常に私たちの想像を超えていらっしゃいます! 私も、微力ながらお手伝いさせてください!」


フローラは、目を輝かせながら、リリの手を取って言いました。


「えへへ、じゃあ、お花を探しに行こう!」


二人は、白い狼リルを連れて、楽しそうに庭園の奥へと歩いて行きました。その後ろ姿を、システィナとリリアは、静かに見送ります。


「結局、今回もリリ様が、全てを解決してしまったわね」


システィナが、再びため息をつきながら言いました。


「ええ。リリ様の前では、どんな卑劣な企みも、無意味になるようです。彼女の純粋さと、あの不思議な力は、本当に、誰も逆らえない」


リリアは、静かに頷きました。


リリ達がその場を去ってから、しばらくして、どこからともなく、男たちの声が聞こえてきました。


「お、おい、あれを見ろ! 枢機卿様が、黒い泥を吐き出しているぞ!」


「権力欲とか、嫉妬とか、憎しみとか、ドロドロとした黒いものが、本当に流れ出ている!」


地面に転がっている枢機卿の口元からは、デトックスジュースの鮮やかな緑色とは対照的な、ドロドロとした黒い液体が、吐き出されていました。


「ひぃっ、あれが、枢機卿様の体の中に溜まっていた『悪いもの』なのか……!」


部下たちは、その光景に恐怖し、一斉に顔を青ざめました。


「静粛に!」


先頭にいた、大柄の男が低い声で一喝しました。部下たちは、ビクッと体を震わせ、一斉に口を噤みました。


「テメェらには、後でたっぷりとお仕置きがある。おい!おまぇらこいつらを連れてけ。たっぷり説教するぞ」



元枢機卿は、その後辺境の修道院で余生を過ごし、リリの話をしながら90歳まで穏やかに過ごしたそうです。

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