第33話 リリ様、園遊会ですよ

「リリ様、本日は園遊会でございます! こちらのドレスにお着替えくださいませ!」


私は、淡い水色に美しい刺繍が施されたドレスを、リリ様の前に差し出しました。今日という日を心待ちにしていたというのに、リリ様はちらりとドレスを見ただけで、すぐに視線を別の場所に戻してしまわれます。


「うーん……ケーキには、やっぱり、白いお砂糖の飾りかな? それとも、お花の飾りの方が可愛いかな……?」


ああ、またでございますわ。リリ様の頭の中は、もう園遊会のことなどどこにもなく、新しいお菓子『ケーキ』のことでいっぱいです。王宮の厨房で作られるという、そのケーキのことで、朝からずっとブツブツとレシピを組み立てていらっしゃる。


「リリ様! 聞いていらっしゃいますか!? このままでは、遅れてしまいますわ!」


私は思わず声を荒げてしまいましたが、その声はリリ様の耳には届いていないようです。リリ様は、何かひらめいたようにパッと顔を上げられました。


「あ、そうだ! お花は、庭に咲いている、マルセルおじいちゃんの育てたお花にしよう! あれなら、きっと、ケーキも喜んでくれるはずだ!」


そうおっしゃると、リリ様は私の目の前を通り過ぎて、そのまま外へと駆け出して行かれました。


「リリ様! お待ちくださいませ! まだ、エプロン姿でございますわ〜!」


叫んでも、リリ様は振り返りません。その小さな後ろ姿は、まさに風のように庭園へと一直線です。


私は、美しいドレスを手に、ただただ途方に暮れて立ち尽くすことしかできませんでした。


「ああ……リリ様……。やはり、何かに夢中になられると、周りの声が全く聞こえなくなってしまいますのね……」


執事の言葉と決意

その様子を見ていらしたのでしょう。物陰からセバスチャン様が静かに私の元へと歩み寄って来られました。


「エミリー、お疲れ様です。リリ様は、もう行かれてしまわれたのですか?」


「はい……。このままでは、リリ様が厨房に籠もってしまわれますわ。園遊会には、間に合わないかもしれません……」


不安を隠せずにそうお伝えすると、セバスチャン様は静かに微笑まれました。


「いえ、リリ様は、必ず園遊会にはいらっしゃるでしょう。ただ、彼女の頭の中の優先順位が、私達とは少し違うだけです」


「それに、リリ様は、ご自身の『ケーキ』が、最高の出来栄えになるまで、きっと、満足なさらないでしょう。私たちができることは、ただ、彼女が納得いくまで見守って差し上げることだけです」


セバスチャン様のその落ち着いた言葉に、私の胸のざわめきが少し治まりました。そうだわ。リリ様は、いつだって純粋で、その情熱は誰にも止められないもの。


「そうですね……。では、私も、リリ様をお迎えに参りますわ!」


私は、力強く決意しました。


「きっと、ドレスを着ていなくても、リリ様の可愛らしいお姿は、皆様の心を奪うはずですもの!」


私はそう言うと、ドレスをそっと置き、リリ様の後を追って庭園へと駆け出しました。リリ様の熱意は、私だけでなく、きっと王宮の皆を巻き込みながら、最高の形で園遊会へと導いてくださるに違いありません。


さあ、リリ様を放っておくわけにはいきませんわ!

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