第32話 王国の才女
ミーナ王女様の病が癒えたと伺い、わたくしの胸にも安堵の波が広がりました。
ロゼリア王国の公爵家、整然と手入れされた庭園で、わたくし、エレノアはユリウス様と向かい合っていました。幼少の頃から共に学び、次期王妃としての教育を受けてきたわたくしは、公私にわたりユリウス様を支えることを使命としています。
「ユリウス様、ミーナ王女様がご回復されたと伺い、心より嬉しく思いますわ」
わたくしは、偽りのない喜びを込めて伝えました。あの可憐な王女様の病は、わたくしにとっても気がかりなことでしたから。
「ああ、エレノア。本当にありがとう。僕も、父上も、そしてこの国中の者たちが、どれだけ安堵したことか」
ユリウス様は微笑みましたが、その表情はどこか晴れない影を帯びていました。王女様の病が癒えたというのに、何がユリウス様の心を曇らせているのでしょう。
「ユリウス様……、あの、もしよろしければ、王女様を救ったという魔法使いの方に、お目にかかることはできませんでしょうか?」
以前からユリウス様よりその魔法使いの噂を耳にしており、わたくしは強い関心を抱いていました。病を治すという稀有な才能。一体どのような方なのか、この目で確かめたいのです。
「ああ、そのことだが……。今は、まだ会わせることはできないんだ」
ユリウス様は、そう言って顔を曇らせました。わたくしには、その理由が理解できません。
「なぜですの? 王女様を救った大恩人なのでしょう? 公の場には出られなくとも、せめてわたくしだけでも、感謝の気持ちを直接伝えたいのですわ」
「いや、その……彼女が、少しばかり、人前に出るのが苦手でね……」
ユリウス様は言葉を濁し、視線を逸らしました。
「そうですの……。人前に出るのが苦手なほど、素晴らしい才能をお持ちだなんて、ますますお会いしたくなりますわ」
わたくしは微笑みましたが、胸には一つの疑問が残りました。才能ある者は、その力ゆえに表舞台へ押し出されるのが常です。なぜ、これほどの功績者が隠れているのでしょう。
「……王女様を救った魔法使い。その方は、一体どのような魔法を使う方なのでしょう?」
これは、わたくしにとって重要な問いでした。国を支える魔法使いの存在は、次期王妃として把握しておくべき情報です。
「彼女の魔法は……そうだな。……とても、温かくて、優しい魔法だ」
ユリウス様の答えは、具体性を欠いていました。しかし、その言葉には、どこか深い愛情のようなものが滲んでいるように感じられました。
「温かくて、優しい魔法……。素敵ですわ。いつか、必ずお会いできることを、楽しみにしておりますわ」
ユリウス様が何かを隠している。才女としてのわたくしの直感が、そう告げていました。しかし、わたくしはそれ以上問い詰めませんでした。ユリウス様が隠すのは、きっとその魔法使いの方を守るためなのでしょう。
(ユリウス様は、私に隠しているご様子……。でも、それが、その方を守るためであれば、今は静かに待つべきね。一体、どんな方なのかしら……)
ユリウス様の心の中に、強く存在感を放つその魔法使い。その正体は、今やわたくしにとって、最も大きな関心事となっていました。わたくしは、ユリウス様の曖昧な言葉と、わずかな情報をもとに、近いうちに必ず訪れるであろう**「出会い」**を密かに想像し続けるのでした。
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