第29話 お仕事ください。
ロゼリア王宮の敷地内、少し離れた場所にひっそりと佇む、可愛らしい小さな屋敷。そこは、リリ様のために用意された住まいです。離れとはいえ、王宮のなかにあるので、そこら辺の貴族様の屋敷よりは、広いです。申し遅れました、この離れで、リリ様のお世話をしている、メイドのエイミーと申します。王宮から派遣された専属の執事、セバスチャン様と一緒に、この屋敷の管理と、リリ様の身の回りのお世話を担当しています。
とは、申しましたが、リリ様はご自分でなんでもおやりになるのでわたくし達にすることは少ないです。
ある晴れた午後、セバスチャン様は、磨き上げられた銀のティーセットを前に、静かに紅茶を淹れていました。こう見えて、セバスチャン様のご実家は、れっきとした、貴族なんですよ。平民のわたくしとは所作が違います。
わたくしは、窓から庭を眺めながら、大きなため息をついています。
「はぁ……今日も、何もすることがありませんね、セバスチャン様」
わたしがそう言うと、セバスチャン様はティーカップを置き、静かに答えました。
「ええ、エミリー。リリ様は、ご自分で何でもなさいますからね。洗濯は『竜巻洗濯法』で一瞬、料理はご自身で作られますし、掃除もあっという間……」
「ええ。まるで、お人形のようにお綺麗なドレスも、ご自身で繕われますし、魔法で新しいものまで作られますものね」
わたくしは、窓の外をぼんやりと眺めながら、
なにか寂しげな感じがします。
「私たちが、リリ様のお役に立てることは、一体何なのでしょうか……」
セバスチャン様は、優雅にティーカップを手に取り、一口紅茶を飲みました。
「しかし、エミリー。これも、リリ様のお優しさの表れだと、私は思いますよ。私たちに、余計な手間をかけさせたくない、と」
「それは分かっていますけれど……でも、せっかくリリ様の専属になったのですから、もっとお世話をしたいです。」
「リリ様は、学園でも大人気だそうで。ミーナ王女様とはもちろんのこと、ユリウス王子様も、何かと気にかけていらっしゃるご様子……。そして、あのフェンリル……いえ、リル様まで、毎日の送り迎えに大活躍。私たちが、入り込む隙など、どこにもありません」
セバスチャン様は、紅茶を飲み干すと、静かに立ち上がりました。
「ですが、エミリー。私たちには、私たちなりの役割があるはずです。リリ様が、この屋敷で安心して過ごせるよう、環境を整えること。そして、いざという時には、リリ様をお守りすること。それが、私たちの務めです」
「そうですね……。そうですよね、セバスチャン様」
私は、セバスチャンの言葉に、少しだけ元気がでてきました。
「では、今日も、庭の手入れでもしましょうか。リリ様が、いつも笑顔でいられるように」
「ええ、それがよろしいでしょう。リリ様のお気に入りの花を、もっと増やして差し上げましょう」
二人は、顔を見合わせると、静かに微笑みました。リリの生活魔法が、彼らの仕事を奪っているかのように見えても、リリへの深い敬愛と、彼女が安心して過ごせるようにという願いは、二人の心を確かに繋いでいました。
そして、彼らは、リリの知らぬ間に、彼女を支える、影の功労者となるのでした。
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