第2話## 青山ループ
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### 第2話 青山ループ
「チッ……なんだよ、掴まんねーな、マジで」
青山通りに響く重低音を背に、俺は苛立ち紛れに舌打ちした。午前2時。遊び疲れた身体には、クラブの喧騒も、きらびやかなネオンも、今はただただ不快なだけだった。一刻も早く、所沢の実家に帰って寝たい。それなのに、空車のランプをつけたタクシーは、俺の手の前をあざ笑うかのように素通りしていく。
その時だった。まるで闇から滲み出るように、一台の黒いタクシーが音もなく俺の目の前に停車した。旧式の、しかし隅々まで磨き上げられた車体だった。
安堵のため息をつき、後部座席に身体を投げ出すと、革のシートが氷のように冷たいのに気づいた。車内には芳香剤の匂いも、運転手の生活臭も一切なく、まるで新品の霊柩車のような無機質な静けさが満ちていた。
「お客様、どちらまで?」
バックミラー越しに見える運転手は、白い手袋をつけた、表情の読めない初老の男だった。
「所沢」
短く告げると、運転手はわずかに間を置いてから、困ったように言った。
「はい?……お客様、ここは青山ですが。所沢となりますと、何万もかかりますよ? 大丈夫でございますか? 笑」
その含み笑いが、カチンときた。
「構わねーよ。どうせ親が払うんだから、とっとと出してくれ」
「……かしこまりました」
運転手はそれ以上何も言わず、タクシーは滑るように走り出した。
窓の外を流れる景色をぼんやりと眺める。見慣れたブランドショップのロゴ、深夜営業のカフェ、同じような交差点。疲労からか、いつしか俺はうつらうつらと眠りに落ちていた。
どれくらい経っただろうか。
車が静かに停まる気配で、俺は目を覚ました。
「着きましたよ、お客様」
「おう」
眠い目をこすりながら窓の外を見て、俺は眉をひそめた。見覚えのある景色。いや、見覚えがありすぎる。
「は?……ここ、青山じゃないか」と言いかけて、俺は口をつぐんだ。
なぜだろう。このセリフを、寸分違わず、前にも言ったことがあるような気がする。運転手に怒鳴りつける、この苛立ちさえも、何度も繰り返した茶番劇のように感じられた。
だが、込み上げる怒りは止められない。
「おい、運転手さんよ! 進んでねーのか? ああ?」
怒鳴りつけながら運転席を振り返る。バックミラー越しの運転手の目は、射るように冷たく俺を見ていた。さっきまでの愛想笑いはどこにもない。
そして、彼はゆっくりとこちらを振り返った。その顔には何の感情も浮かんでいない。
「お客様。何度も同じことを申し上げますが……まだ、お気づきになりませんか?」
「あなたは、死んだんですけど?」
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