*死ぬほど疲れた夜、電車は本当に死へと向かう。
志乃原七海
第1話【終点、緑ヶ丘霊園】
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### 終点、緑ヶ丘霊園
耳を突き破らんばかりのディストーションギター。激しいドラムのビートが、頭蓋骨の中で直接鳴っているようだった。
深夜0時を過ぎた最終電車。車両には、俺以外誰もいやしない。安っぽい布地の座席の隅に身体を沈め、ヘッドフォンで外界の一切を遮断していた。今日の理不尽な上司の怒声も、鳴りやまなかったクレームの電話も、この爆音の中ではただのノイズに過ぎない。
疲労はとっくに限界を超えていた。揺れる車内は心地よい揺りかごで、意識はすぐに闇に溶けた。
どれくらい時間が経っただろうか。
不意に、肩を強く揺さぶられる感覚があった。ビートの隙間から、くぐもった誰かの声が侵入してくる。
「お客さん!……お客さん!」
うるさいな、まだだろ。無視を決め込もうとしたが、揺さぶりはさらに強くなる。
仕方なくヘッドフォンをずらし、重い瞼をこじ開けた。目の前には、疲れた顔の駅員が立っていた。その声には抑揚がなく、まるで録音された音声のようだった。車内の蛍光灯が、やけにチカチカと点滅しているのに気づいた。
「終点ですよ!お客さん!」
は? 終点?
寝ぼけた頭で車内を見渡す。確かに、乗客は誰一人として残っていなかった。
「え、でも……緑ヶ丘遊園はまだ……」
「緑ヶ丘遊園? ああ、お客さん。ここは緑ヶ丘『霊園』」
れいえん?
駅員は呆れたようにため息をつき、俺を急かしてホームに降ろした。背後でプシューッと気の抜けた音を立ててドアが閉まり、最終電車はゆっくりと闇の向こうへ走り去っていく。残されたのは、俺と、信じられないほどの静寂だけだった。
1:35。スマホの画面がそう告げている。
駅名標には、青白い光で『緑ヶ丘霊園』という文字が浮かんでいた。見間違いじゃない。駅舎は古びた木造で、改札機はとっくの昔に電源が落とされているようだった。
息を呑んだ。
駅前に広がるのは、月明かりに青白く照らされた無数の墓石の海だった。ひんやりとした夜風が、線香のかび臭い匂いを運んでくる。
なんでこんなことに。
そういえば、今日はひどく疲れていた。会社を出る頃には、立っているのもやっとなくらい、身体が鉛のように重かった。ホームで電車を待っている時、一瞬、ぐらりと目眩がして、線路に吸い込まれそうになったんだ。誰かに腕を引かれて、なんとか踏みとどまったけど……。
……いや、本当に踏みとどまれたのか?
あの時、俺の腕を引いた人は誰だった? 記憶が妙に曖昧だ。
もしかして、あの電車は。
この静かすぎる終点は。
ああ、そうか。
冷たいコンクリートに座り込み、墓石の海を眺めながら、俺は妙にすとんと納得していた。
きっと俺は、あの時、死んだんだ。
そして、行き先を間違えたんじゃない。
これが、俺が本当に乗るべきだった、最終電車の、本当の終点だったんだ。
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