第5話 新しき風・奇才 織田信長、道を開く
1545年6月
熱田の里に生まれし吉法師は、無事に元服を迎え、名を織田信長と改めた。
まだ齢11歳になったばかりの若輩ながら、その眼差しには、この時代の者にはない深い思慮と、遥か未来を見通す鋭い光が宿っていた。
信長は織田信秀の許しを得て、領内の道路工事に取り掛かる。ただ道を平らにするだけではない。現代の軍事知識を取り入れ、軍用道路としての機能も持たせている。
「この道は、兵を迅速に動かすための大動脈となる。道幅は馬10頭が並走できるほどに広げ、曲がり角は極力緩やかにするぞ。路面には玉砂利を敷き詰め、その上を(アスファルト)で固める。雨で
信長の指示は的確かつ詳細だった。土木工事の経験などないはずの信長が、長年この道に携わってきたかのように、次々と指示を出す。
「この道の脇には排水路を掘れ。傾斜をつけ水を溜めずに川へ流すんだ。そうすれば雨季でも馬の足が取られることはない」
信長は自ら現場に立ち、足軽や百姓に鍬の入れ方から教えた。従来のただ力任せな工事とは違い、信長が教える工法は無駄な労力を省き、作業効率が飛躍的に高まる。
驚くほどの速さで道路は整備され、人々は信長の奇才に畏敬の念を抱き始めている。
道路整備と同時進行で信長は新たな事業、南蛮船の建造も行なっていた。
「熱田の船大工たちを呼び出せ!この織田家が、見たこともない大きな船を造らせる!」
信長は、熱田の港に船大工の棟梁を呼び寄せた。その手に持った図面を見た棟梁は、驚きに言葉を失う。
「これは!見たこともない船の形ですな…帆が幾つも付いており、船体もやけに頑丈に見えます…」
「そうだ、これは南蛮の船を模した船だ。しかし、ただ模倣するのではない。我の知識と尾張の技術で、南蛮のガレオン船を凌駕する速さを誇るスループ船を造る。」
信長は図面を広げ、船大工たちに船の構造を詳しく説明した。
「この船底には竜骨と呼ばれる太い梁を通し、船体の強度を保つ。帆は縦帆と横帆を組み合わせよ。そうすれば、向かい風でも帆を張って進むことができる。
それと船体には鉄の釘を使うな。木釘で固定せよ。」
信長の指示は、これまでの和船の常識を覆すものばかり。
最初は戸惑っていた船大工たちも、信長の熱意と、その言葉の裏にある理路整然とした論理に引き込まれていく。
「このスループ船は、やがて来るであろう海の戦で必ずや織田家を勝利に導く。そして、海の向こうの富をもたらす船となる。
これを完成させれば、お前たち熱田湊の職人は、日本一の船大工として名を馳せるであろう!」
信長の言葉に、船大工たちの心に火がついた。彼らは日夜を問わず、信長の指示通りに南蛮船の建造に没頭する。
───
同時に信長は、伊勢湾海上交通を掌握する佐治水軍の海賊衆兼漁師達に、南蛮船の図面を惜し気も無く見せた。
古くから知多半島を領有している豪族・佐治一族郎党。知多半島の西岸側の大野城へ現れた11歳の信長の話を聞く。
佐治為景
「織田弾正忠家の嫡男ともあろうお方が、いささか無用心過ぎませんかな?」
*****
信秀の長男は織田信広で信長は次男。但し母親の身分が低いため、信広は
*****
『この男が俺の義弟になる佐治信方の父親か。まあ奴が生まれるのは8年後だがな。水に苦しむ知多半島だけに、米と大型網で何とかしないとな。』
「1年前から何度も書状のやり取りをさせて頂きました。佐治様であれば知多半島の民のため、自分の話を聞いてもらえると信じて出向いてきました。」
「ほう、いま儂等に捕らえられ今川家に売られるとは思わないのですかな?」
「もしそうなれば、自分の見る目が無かっただけ。そんな人間がこれから先、弾正忠家の跡を取っても家は持ちません。であれば
「………良かろう、では見せてもらおうか。書状に
信長の本音は九鬼水軍を配下に置く事にある。が、しかし今の順番は、三河国まで出張ってくる今川と織田の狭間で、どっち付かずの佐治一族を知多半島ごと取り込むのが優先度は高い。
大規模河川の無い知多半島は水に苦しんでいる。そこを上手く突いて、元服前から織田信秀と吉法師の連盟で書状を送り続けていたのである。
佐治為景
『家臣を僅か5人だけ引き連れ乗り込んでくる度胸。なによりこの船は何なのだ!南蛮のガレオン船なら何度も見た事があるが、そんな物を遥かに凌駕している!』
「織田殿…図面を見る限り物凄い船であるが、本当に造れるのか?こんな怪物船が?」
「先週から船大工総出でやっています。佐治家の船修理番・職人方、1度見学に来られてみては如何ですか?」
「造船過程を見せると申すか…我が佐治家では極秘ですぞ…」
「海の上では一蓮托生、嵐に遭遇したら皆で協力せねば助からない。一緒にやっていく仲間に造船過程を見せるのは、むしろ当然です。」
「うむむ………」
信長の言葉に引き込まれる佐治為景。それは佐治家一族郎党、家臣達も同じだったようで
「……お
「あい分かった!いや分かりました。織田信長様の造船所さっそく見学させて下さい。
この図面の竜骨ですか?非常に興味深く。もしこの船が現実になるのなら、我が佐治一族郎党、織田信長様に臣従致しまする。」
『流石の佐治為景もA1用紙の図面に声すら出ない……じゃなくて臣従って言ったのか?今?
相手は尾張の制海権を握っている大物!つかみはOKどころじゃないぞこれ!』
この会談で信長は、知多半島を戦わずして手に入れた。尾張の制海権を固めた若き魔王は、伊勢湾の覇者へ、そして未来の海の支配者へと、静かに歩みを進めたのである。
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