第2話 BAN

 闇の中を落下していたジャガー麺は、尻餅をついて石床の上に放り出された。


「いってえ……」


 見知らぬマップだった。

 先程まで火山に居たはずなのに、周囲を見てみれば、どこかの城の地下牢みたいな空間だった。


「……実在したのか。お仕置き部屋」


 静謐な空間をおっかなびっくり見回していると、突然、目の前に眩い光が瞬いた。


「うお!」


 そして光の中から、カーテンみたいな服(※古代ローマの衣服・ストラだと思われる)を着て、目隠しを着けた女が姿を現した。


『こんにちは、ジャガー麺さん。こちらはアルター運営、違反対応AI【ネメシス】です』

「AI・GMゲームマスターか……」


 女神のようなデザインのキャラクターが、全く抑揚のない合成音声丸出しの口調で慇懃無礼に語りかける。ゲームを管理するAIの化身だ。


『通報を元に調査した結果、あなたはbotチートを使用していると判定されました』

「はあ!?」

『繰り返される定型的モーションと、自動的な判断による行動が確認されました』


 ネメシスと名乗ったAIは、変なことを言った。

 あんまり変なことを言うものだから、ジャガー麺は、自分の耳か頭がおかしくなったのではないかと一瞬疑った。

 通報されたから、形式的に事情聴取でもされるのか、そのために呼ばれたのかと思っていたが、事態は想像の遥かに斜め下だった。


『よって、アルター利用規約第五条二項に基づき、あなたのアカウントを永久停止します』


 ジャガー麺はしばし絶句。

 それから、咆えるように反駁した。


「おい嘘だろ! それは全部、人力でやってんだよ! 俺はちゃんとカプセルに入ってVRダイブしてる! なんなら脳波ログだって提出するぞ!?」

『脳波ログは偽造が可能であり、証拠としての信頼性がありません』

「ざっけんな! AIじゃ話にならねえ、人間のGMを出せ!」

『他に質問などはありませんね? それでは10秒後にあなたの通信を切断し、カプセルは正常な覚醒シークエンスに入ります』


 違反者への対応という役割柄、そう性格設定されているのか、ネメシスは一片の慈悲も情も見せずに、取り付く島も無く断罪する。


『ご利用ありがとうございました』

「待っ……」


 ログオフ時に特有の浮遊感。

 そして、ジャガー麺の視界は白濁した。


 * * *


 ジャガー麺こと、本名・半座はんざヒューマは、冷や汗にまみれて自室のVRカプセルから飛び出した。


「嘘……だろ……」


 アカウントを停止されたのだから、ジャガー麺というキャラを使うことは二度とできない。そのキャラがゲーム内で集めたアイテムも、積み上げた実績も、何もかも全てが電子のゴミとして運営会社のサーバーに埋葬されることを意味する。


 カプセル脇のデスクに置いたパソコンでは、接続用クライアントが動作している。

 ヒューマが今までこのゲームをプレイしていて一度も見たことのない、【アクセスが拒否されました】という赤文字の警告文が、クライアントに表示されていた。


 ジャガー麺ことヒューマは、即座にパソコンにかぶりついて、アルター運営の問い合わせ窓口を探した。

 手を変え品を変え、窓口のAIアシスタントを問い詰めた結果、最終的に返ってきた答えは、利用規約に書かれている管轄裁判所に関する文言のコピペだった。


「はあ!? 『異議申し立てはカリフォルニアの裁判所まで』!? ふざけんなアメリカの入国審査なんて俺が生まれる前から止まってるだろバカヤロー!」


 仮に何らかの理由で入国審査が通るとしても、アルターを唯一の趣味とする質素な大学生には、渡航費用も裁判を起こす費用も無い。


 次にヒューマは、自分のようにアルターから誤ってBAN(※アクセス禁止)された事例が無いか、web上の記事を探した。それらしき情報はなかなか見つからず、英語の記事まで探した。


『[翻訳] 間違ったBANを受けて、私は新しいアカウントを享受した』

「いやー、それは何も解決してねえな」

『[翻訳] 私がSNSでアカウント回復を勝ち取るまで』

「こっちのインド人ニキは運営を炎上させて処分を撤回させたのか。そーゆーやり方しかねえのか……?」


 ヒューマは、世論に訴えることを考えた。


『誤BANされました。普通にPvPやってただけなんですが通報されてbotチート扱いされました。ログも脳波グラフも出せます。アルターの運営どうなってんの? from:ジャガー麺の中の人@アルター さん』


 ひとまず適当なSNSにアカウントを作って投稿し、ふと時計を見れば、夕飯も食わぬまま22時。

 大学に通うため一人暮らししているアパートの、一階にある定食屋に駆け込んだヒューマは、怒りにまかせて大盛り炒飯を二杯貪った。そうして食い終わったところでスマホを見ると、信じられない数の返信が付いていた。


『黙れよチーター』

『顔真っ赤だなwww』

『ジャガー麺やっと死んだのか』

『誰も騙されねえよ』

『お前本当に日本人か?』

『正 義 執 行』

『アルターのダニが一匹減ったな』


「うおお、なんだこれ!? 俺のことチーターだと思ってる奴、こんなに居たのか!?」


 大量に飛んできた返信の内容は、ほぼ全てが罵倒だった。


 ヒューマは、ゾンビより辛うじて頭が良さそうな返信を読み飛ばしながらスワイプしていく。有用な情報が寄せられていたりしないか、と。すると増え続ける罵倒の中にまともそうな返信が一つ、来ていた。


『そんなことになってしまったんですか!? ご愁傷様です…… あなたはチートなんか使う人じゃないって、私は分かってます! 私でもお手伝いできることがあれば、何でも言ってください! from:晴栖山アテナ@毎日アルター配信! さん』


「誰だコレ?」


 マイキャラのSSスクリーンショットをアイコンにした配信者だった。

 赤いフードにエプロンドレスという赤ずきんルックの、ローティーンの女の子が、キメキメのアイドルスマイルでこちらを見ている。


 ――めっちゃ俺の知り合いっぽい口ぶりだけど、覚えが無いな……つーかアルターにフレンドとか居ねえし。襲われてるとこを俺が助けた初心者とかか?


 何にせよ、返信を流し見る限り、話が通じそうな相手は彼女しか居なかった。


 そして、ジャガー麺がチーターではないと確信しているなら、その証拠を何か持っているのではないかと……九割以上は願望だが、ヒューマは思った。

 ヒューマの中に微かな希望が生まれた。どこの誰かすら分からない相手だが、ひとまずヒューマは、彼女に連絡を取ってみようと決心した。


「この人、ちょうど今配信してるのか。だったらコメントで返事しに行くか……」


 何気なくヒューマは、アテナのプロフィールに載っていた配信チャンネルのリンクをタップした。

 詐欺ゲーム広告をしばし見せられて、それから配信画面が映ると。


 真っ赤だった。


 配信用の仮想カメラが写しだしたゲーム内の映像は、趣味の良いカントリーハウスだった。黒檀のような木材と漆喰でできた二階建ての家は、善き魔女の住まう隠棲の庵の如し。

 アルター中から集めたと思しき、とりどりの美しい花と低木がこぢんまりとした庭園に並ぶ。ビオトープめいた小川は、宝石のように輝く石が底に敷き詰められていた。おそらく妖精郷フィールドの川を模したものだろう。


 アルターは……と言うか、大抵のVRMMOがそうなのだが、プレイヤーがゲーム内で家を持てるシステムだ。

 その中でもアルターの『家作りハウジングシステム』は、自由度の高さと充実性で知られており、PvP主体のゲームなのにハウジング目的で始めるプレイヤーも存在するほどだった。

 配信に映っているこの家は、趣向と労力と金を費やした、ハウジングの極地の一つ。まさしく芸術品だった。


 その全てが真っ赤だった。

 激しく燃え上がる家が篝火のように周囲を赤々と照らし、庭園の敷石は鮮血に染まっていた。


「助けて! 誰か!」


 SNSのアイコンで見た少女が、悲鳴を上げながら走っていた。

 その背中に投擲槍が突き刺さり、彼女は倒れた。ずきんの色とは別種の赤が散る。


【タクロー が 晴栖山アテナ を 殺害しました】

【mikasa_JP が 晴栖山アテナ を 殺害しました】

【マジちゃん が 晴栖山アテナ を 殺害しました】


 この世界で赤ずきんを襲うのは、狼ではない。

 もっと度しがたく邪悪なものだった。

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