『毎日お弁当ランチ』


「今日はハンバーグとオムレツにしました〜!」


 私、用ヶ瀬もちがせは今日も屋上で青柳あおやなぎ先輩にお弁当を見せた。

 先輩は王子様みたいに柔らかく微笑んで、自分のお弁当箱を静かに開ける。


「僕は唐揚げと焼き鮭」


「わあ、揚げたんですか?! 美味しそう〜!」


 これが私たちの日課になって、もう一ヶ月になる。


 きっかけは些細なことだった。


 入学したばかりの四月、私は一人で屋上に来ていた。

 高校デビューに失敗して、教室で友達が作れなかったから。

 せっかく一人で食べるのなら、大好きな空が見える場所で食べよう。そう思った。


 そこに、先輩が現れた。


「あれ、珍しい。誰かいたんだ」


「あ、すみません! 先輩の場所だったんですか? 空が見たくなっちゃって……」


「ううん、そんなことないよ。せっかくだから、一緒に食べてもいい?」


 その日、先輩のほうから、「用ヶ瀬さんって、いつも自分で作ってるの?」と聞いてきた。


「はい! お母さんが夜遅いので、私が作ってるんです」


「そうなんだ。実は僕も。うち、母親だけでさ」


「え、先輩も?」


 その瞬間、何か特別な繋がりを感じた。お互い片親で、お弁当を自分で作っていて、屋上と空が好きで。偶然にしては共通点が多すぎる。


「なんか……運命みたいですね!」


 親近感、って言えばよかった。後悔してももう遅い。


 私の言葉に、先輩は優しく笑った。


「そうだね。……不思議な縁だ」


 それからというもの、毎日、私たちは二人でお弁当を食べるようになった。

 屋上でのお弁当の見せ合いっこは、どんどん楽しくなる。


「用ヶ瀬のオムレツ、今日のは形がきれいだね。……一口ちょうだい?」


「えへへ、頑張りました! 先輩の唐揚げも美味しそう。交換してください!」


 だんだん知っていったのだけれど、先輩は学校で有名な人だった。

 成績優秀、スポーツ万能、それなのに誰に対しても優しい。まつ毛が長くて、色白で、まさに王子様みたいな人。

 そんな先輩と毎日一緒にお昼を食べられるなんて、私は幸せだった。


 でも最近、ちょっと困ったことが起きている。


「ねえねえ、用ヶ瀬さんって、青柳先輩と付き合ってるの?」


 クラスの子に聞かれた。


「え? ち……違うよ?」


「でも毎日一緒にお弁当食べてるんでしょ? 絶対そうだって噂になってるよ」


 噂。私と先輩が?


 確かに毎日二人きりで屋上にいるけど、でもそれは……ただの後輩として、だよね?


 昼休み、いつものように屋上で、先輩と向かい合って座った。

 落ち着かない。

 今日は少し、雲が多い空だ。


「あのー、先輩」


「ん?」


「最近、私たちが付き合ってるんじゃないかって噂があるらしいんです」


 先輩は箸を止めて、私を見た。


「そうなんだ」


「困りますよねー! な、なんか最近すぐみんな、そういうことにしようとするんだから。お年頃〜……」


 私は明るく笑って見せた。先輩も、笑ってくれると思った。


 でも、先輩は真っすぐ私を見つめて言った。


「……違うの?」


 え?


「……えっ?」


 私の声が裏返った。先輩の表情は、いつもの柔らかい笑顔じゃない。少し真剣で、どこか不安そうで。


「僕は、用ヶ瀬と、付き合ってるつもりだったんだけど……」


 心臓が跳ねた。


「え、え、でも、告白とか……」


「してなかったね」


 先輩は少し困ったように笑った。


「でも、毎日二人で一緒にいて、お弁当見せ合って、お互いのこと話して。僕にとってはそれが、特別なことだったんだ。用ヶ瀬は……違った?」


「そ、それは……」


 違わない。全然違わない。


 毎朝、先輩が喜んでくれるお弁当を考えて作る時間が幸せだった。屋上で二人きりになれる昼休みが、一日で一番楽しみだった。先輩の作ったお弁当を「美味しそう」って褒めるとき、先輩が嬉しそうに照れる顔にいつも見惚れてた。


 全部、……好き、だった。


「私も……そう、です」


 顔が熱い。きっと真っ赤になってる。


「じゃあ、付き合ってるってことでいい?」


 先輩の声が優しく響く。


「は、はい……」


「ふふっ」


 小さく頷くと、先輩が本当に嬉しそうに笑った。


「よかった。実は、用ヶ瀬に否定されたらどうしようって、確かめるの……ずっとドキドキしてたんだ」


「先輩がですか!?」


「うん。用ヶ瀬にとって僕は、ただのお昼だけ一緒の先輩かもしれないって」


「そんなわけないです!」


 そんなわけない。先輩は私にとって特別な人だ。いつの間にか、そうなっていた。


「あの、じゃあ改めて」


 先輩が立ち上がって、手を差し出した。


「用ヶ瀬さん、僕と付き合ってください」


「はい!」


 私も立ち上がって、先輩の手に触れた。少しだけ握った先輩の手は、温かかった。


「これからも毎日、一緒に弁当食べようね」


「はい! 明日はもっと、気合い入れて作ってきます!」


「ほんと? じゃあ、僕も頑張る」


 二人で笑い合った。


 噂は本当になった。でもそれは、最初から本当だったのかもしれない。


 ただ、それに気づくのが、少し遅かっただけ。


 校庭の歓声が、遠くに聞こえている。

 屋上に降り注ぐ日差しは、いつもより優しく感じた。

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