approach
そういえば、あの傘を貸したのは、やっぱり玖坂さんだった。僕は柾にそう伝えたかった。が、できなかった。バイトを終えて帰ってきた柾の顔が、いつもと違っていたからだ。
「柾?」
僕が尋ねても返事をしない。柾は「シャワー浴びてくる」とぶっきらぼうに言って、リビングを出て行った。
気のせいでなければ、柾は泣いていなかっただろうか? いつもと目が違うように感じたのは、少し腫れぼったかったからじゃないだろうか? とても不安に感じて、柾を呼んだ。返事がない。代わりに聞こえてきたのは、僕の声を遮るかのような、強いドアの音だった。
なにかがあったのだろか? 確か今日は澤村さんのところでバイトだと言っていたはずだ。澤村さんは弁護士で、柾とはなにかと縁がある人なのだと柾が言っていた。元愛人。それは周知のことだ。柾も、そして澤村さんもそう言う。既に関係が切れているのかと思えばそうでもない。柾はたまに澤村さんとおなじ、シナモンのような香ばしい薫りを漂わせて戻ってくるのだ。
今日は柾が言っていたみぞれ鍋を作ってみたが、あの状態だと食べずに不貞寝するかもしれない。きっとたくさん食べるだろうと思って、少し多めに作ったのに。
僕は溜息を吐いて、自分の汁椀にそれをよそった。勢いよく立っていた湯気はすっかり意気を欠かれている。僕はそれを眺めながら、テーブルに突っ伏して、柾が戻ってくるのを待った。
5分ほどして柾が戻ってきた。いつもは生乾きのままだが、きちんと髪を乾かしている。不満げなものではない。明らかに寂しげな表情だ。柾はふらふらとこちらにやってくると、椅子を引き、腰を下ろした。食べるつもりらしい。意外だった。
柾は徐に鍋のふたをのけた。菜箸で長ネギ、シイタケ、乱切りにした鶏肉、つみれを次々放り込み、菜箸をおたまに持ち替えると、みぞれをたっぷり掬ってそれらに掛けた。なにも言わない。少しぼんやりしている。
なにかあった? 澤村さんとケンカでもした? そう尋ねたら、柾はなにもないと否定する。
「悪いけど俺、明日帰らないから」
どう切り出そうか考えあぐねていた僕に、柾が言った。思わず声がひっくり返った。「そう、なの?」
柾は頷く。
「食べ収めかと思うと切なくて心が張り裂けそう」
言って、柾がつみれを頬張った。うまっと声が上がる。あからさまだ。あからさますぎて見るに堪えない。僕はテーブルの下で柾の足を蹴った。
「あっつ! なにすんのよ、この子は!」
みぞれ鍋の露が柾の指に掛かったらしい。大袈裟に熱がるが、そこまで熱くはないはずだ。僕は柾をじろりと見た後、別にと素っ気なく返した。
「明日帰らないなら、今日中にその顔を修正すべきだね」
「あらやだ、天然のイケメンの俺を捕まえて修正とかどういうこと?」
「顔に出てる」
白菜を箸で摘まみ、頬張る。柾はテーブルに汁椀に置き、その上に箸を掛けた。自分の頬に両手を宛がい、少し目線を上に向けた。
「だってあかねが俺に『帰ってきたドラ○もん』なんて見せるから」
僕は鼻で笑って白けた顔をした。あかねと柾が呼んでいるのは、澤村さんの事務所でバイトをしている、柾と同い年の女の子だ。何度か見かけたことがある。ふわりとしたポニーテールが印象的な、小柄で可愛らしい人だ。
「あかねさんとデートでもしてきたの?」
「いんや、強制連行。石津さんの車の中で映画鑑賞会がはじまっちゃってねえ」
「いやまいった」とおちゃらけたように柾が言う。僕は「ふうん」と短く返し、つみれを頬張った。柾は言う気がないらしい。再度みぞれ鍋を食べ始めた柾は、うまくはぐらかして、僕を躱せたと思っているように見えた。釈然としない。ドラ○もんを観たことがない僕にしてみれば、それがどれだけ泣ける映画なのかがわからないし、柾が観て泣くというのがそもそも信じられない。
僕は自分の汁椀が空になっているのを確認し、箸置きに箸を戻して、菜箸を取った。
「そういうの要らないから」
それが唐突だったからだろう。柾は柄にもなくきょとんとしている。
「仕事でなにかがあって落ち込んでるんだろ。守秘義務とかで、僕には話せないんだろ。僕は聞かないし、気にしない。だからそういうとってつけたような口実は要らない。聞き苦しいし、鬱陶しい」
いや、もうちょっと言い方があるだろうと、言ったあとで思う。辛辣なセリフだ。落ち込んでいる相手に掛けていい言葉ではない。けれど柾はにっと口元を持ち上げ、僕の足を蹴った。
「いたっ!」
踵が脛に入った。思わず崩れ落ちそうになる。柾はそれをけらけらと笑って、鶏肉を頬張った。
「うまーっ」
「ちょっと、いったいんだけど」
柾の足を踏もうとしたが、柾がすっと足を引いて、僕の足は床に叩きつけられた。柾をじろっと睨んだか、柾は何食わぬ顔で鶏肉を咀嚼している。
「大人になっちゃったのね、俊平くん」
どこか感慨深そうな目をして、柾が言う。先に仕掛けたのは僕だ。これ以上の挑発には乗るまいと、僕は適当に具を菜箸で汁椀に突っ込んで、椅子に腰を下ろした。僕が菜箸を小皿に立てかけた。タイミングを見計らったかのように柾が僕を呼ぶ。
「大阪に戻ってくる」
「実家?」
「まさか。仕事の状況報告。なんで俺がいかなきゃいけないんだってリツカさんと大ゲンカしたの」
僕は「ふうん」と返し、シイタケを口にした。映画を観て泣いたなんて、嘘にしても柾らしくない。人前で泣くのが嫌いな柾は、基本そういう映画を見ないだろう。僕だって同じだ。どこに地雷があるかが分からないから、諭や千種としか映画を観に行ったことがない。
「大ゲンカの末、リツカさんに催涙スプレーを吹っ掛けられた。マジで。これはマジ。嘘じゃない」
澤村さんならやりかねないと苦笑が漏れた。仕事でも、プライベートでも、あの人は手段を択ばないのだと柾が言っていた。けれどそう言われて、なんとなく納得する。不貞寝をせずにごはんを食べに来たということは、そうなのだろう。僕は「氷で目を冷やした方がいいよ」と促して、ごはんを頬張った。
***
数日経ってから柾が戻ってきた。僕が買い物から戻ってきた時には既にうちにいて、不貞寝よろしく頭まで布団を被ってしまっている。テーブルの上には柾が食べたのであろうパンとプリンの残骸がある。
「ゴミくらい捨ててよ」
返事がないと解っていながらも柾に言った。やっぱり返事がない。寝入っているのかもしれない。寝息が聞こえないがそう思ってみる。僕はエコバッグの中身を冷蔵庫に収めた後、エコバッグを畳み、自分の鞄に戻した。
「バイト行ってくるね」
柾の山はピクリとも動かなかった。本当に眠っているのかもしれない。僕は少しの間遠目に眺めていたが、気にしていてもキリがないからと、バイトに向かうことにした。
玖坂さんから傘を返してもらった日から、僕が園山さんのうちに行くたびに、玖坂さんと遭遇するようになっていた。
はじめは姿を見るたびにびくびくしていたのに、数日も経つと慣れてきたのか、リビングのソファで寛いでいたり、スコーンを食べながら眠っている姿を見るようになった。小動物さながらの行動を微笑ましく思っていた僕をよそに、朔夜はお行儀が悪いと少し怒っていたけれど、やっぱりどこか嬉しいらしく、玖坂さんを観察していた。徐々に環境に慣れてきたのと、それと共に緊張がほぐれてきたのだろう。園山さんの言葉を反芻する。もしそうなら、少し嬉しい。玖坂さんと会うのがひそかな楽しみになってしまっている自分がいた。
「こんにちは」
朔夜を幼稚園に迎えに行ってから園山さんのところに戻ると、玖坂さんがソファーで寛いでいた。膝にはソメがいる。ソメは玖坂さんに喉を撫でられながら気持ちが良さそうにぐるぐると鳴いている。
「こ、こんにちは」
玖坂さんが間を置いて言った。いつもどおり少したどたどしい言い方だが、もう慣れた。園山さんの言うとおり、僕をあの時の子だと認識していないようだ。だからこちらから敢えて言わない。言ってみて、気付かなかっただけではなく、本当に覚えていなかったのだとしたら、ショックが大きくなるからだ。
「今日のおやつはプリンだよ。俊兄が作ってくれたんだ」
手を洗って戻ってきた朔夜が嬉しそうに言う。それを聞いて玖坂さんがぱっと顔を上げた。
「プリン?」
声が明らかに嬉しそうだ。弾けるようなそれに、僕は思わず笑った。
「お好きなんですね」
「うん。おれ、手を洗ってくる」
玖坂さんが立ちあがろうとすると、ソメがどこか名残惜しそうに体を起こした。とんと軽い音を立てて膝から降り、僕のほうへと向かってくる。にゃあと甘えるような声で鳴いて、僕の足に擦り寄ってきた。
「あはは、ソメもおなかすいたって!」
朔夜は制服を脱ぎ、ぷーさんのイラストが入ったスエットに着替えている。早くプリンが食べたいのだろう。いつもより準備が早い。
「公文の宿題は?」
「俊兄がプリン作ってくれるって言ったから、昨日済ませた!」
朔夜が元気よく言う。どれだけプリンが好きなんだと笑いが込み上げてくる。毎日でもプリンにしてみたいけれど、朔夜が太ってしまうし、たまに食べられるからこその楽しみを奪うのはかわいそうだ。僕は足元に擦り寄ってくるソメの頭を撫でて、ソメがいつも飲んでいる猫用ミルクを作ることにした。
玖坂さんが戻ってきた。朔夜の隣に腰を下ろしている。僕はソメにミルクをあげたあと、あらかじめ用意していたお湯をティーポットに注いだ。紅茶のよい薫りが鼻腔をくすぐる。それは玖坂さんも同じだったようで、満足げな声が聞こえてきた。
「今日はアッサムですか?」
「缶の中身が入れ替わっていなければそうですね」
玖坂さんがきょとんとした。玖坂さんが時々自分で紅茶を淹れているのは知っている。きっちりと整理整頓していそうなのだが、意外とそうでもない。時々缶の中身が入れ替わっていることがある。玖坂さんはどうやらそれを無意識にやっているようだ。
「どうやったら缶の中身が入れ替わるの?」
玖坂さんが不思議そうに尋ねてくる。
「なおちゃんが間違えてなおしちゃうからだよ。こないだ、紅茶の缶の中におかしが入ってたって、パパが笑ってた」
玖坂さんは首を傾げている。紅茶のティーバッグが入った缶と、玖坂さんがよく食べているクッキーの缶は割とよく似ている。だからだろう。
「おれ、基本的にあんまり気にしてないからなあ」
ぽつりと玖坂さんが言った。
「形状が似ているからそうだとばかり思ってた。よく考えたら少しだけ色が違ったよね」
玖坂さんの言うとおりだ。紅茶の缶はややくすんだ金色の装飾が施されている。クッキーの缶は全体的に色味が似ているものの、缶の上部に水色のラインが入っていて、気を付けて見ていたら間違えることはあまりない。
「なおちゃんがぼんやりしてるからだよ」
僕が敢えて言わなかったことを、朔夜がずばっと言った。玖坂さんは「気を付ける」と言って苦笑を漏らしている。朔夜は僕が用意した紅茶を受け取りに来ると、玖坂さんの前にティーカップを置いた。
「はい、なおちゃん。ちゃんとふーふーして飲むんだよ」
朔夜の発言に思わず笑ってしまいそうになって、慌てて口元を押さえた。朔夜はよく見ている。玖坂さんが猫舌で、熱いものが苦手だからだろう。なるべく冷ましてはいるのだが、それでも時々びくりと肩を震わせて驚いていることがある。
「うん、ありがとう」
玖坂さんは眉を下げて笑う。それとは対照的に、朔夜はとても嬉しそうだ。自分のマグカップを受け取りに来たあと、朔夜は僕を見上げてきょとんとした。
「俊兄、なに笑ってるの?」
「え?」
「なんか、嬉しそう」
「楽しいことがあったの?」と、朔夜が訊ねてくる。玖坂さんの手前言うまいかと思ったが、朔夜の頭をポンと撫でた。
「朔夜と玖坂さんが仲良しだなって思って見ていただけだよ」
朔夜がぱあっと笑顔を咲かせた。
「うん、仲良しだよ! おれ、なおちゃん大好き!」
屈託のない笑顔だ。玖坂さんの体調が悪いと、泣くほど心配をするくらい気にかけている。朔夜はマグカップを持って、玖坂さんの元に戻っていった。
カウンター越しに二人がプリンを食べている姿が見える。最初に出会ったときと較べると、玖坂さんは随分表情が解れてきた。僕に対する態度も少し変わってきたように思える。それがよい傾向で、このまま玖坂さんの気分が変わってくれることを祈るばかりだ。玖坂さんの表情に様々な色がないのはさびしい。体中に浸透しそうなほど穏やかな声に抑揚がないのは切なく感じる。玖坂さんには物憂げな顔よりも、柔和で晴れやかな顔がよく似合う。せめて少しでも気持ちが穏やかな方法に変わる方法はないだろうか。僕は玖坂さんを眺めながら、考えた。
***
園山さんのうちからの帰り道、僕は柾に予めメールを打って許可を得てから、幼馴染のうちにやってきた。ガレージには車がある。おそらく中にいるだろう。チャイムを押すと中から「入ってこいよ、鍵は空いてる」と聞こえてきた。スライド式のドアを開け、玄関に入る。
「お邪魔します」
「邪魔するなら帰れよ」
僕は靴を脱ぐ手を止めた。
「じゃあ帰る」
「待てって、冗談だろ?」
「おまえは冗談も通じないのか」と、千種が不満げな声で言った。こんなところまで柾に毒されなくてもいいじゃないかと思う。元々ユーモアあふれるやつだったが、柾とつるむようになって以来、その傾向が強くなっているような気がする。室内から車椅子の音が聞こえてきた。振り向くと千種が苦笑をしているのが見えた。
「バイトの帰り?」
「うん。ちょっと相談したいことがあって」
千種は「入れよ」と短く言って、僕にリビングに入るよう指示した。ほとんど段差のない玄関で靴を脱ぎ、家に上がる。ここは玖坂さんと園山さんが作って下さった場所だ。千種の自宅兼アトリエ。デザイン性も機能性も高く、終始車いす生活の千種にとってはとても環境が良いようだ。
リビングに入って、僕は驚いた。千種が絵を描いている最中だったからだ。絵の具が付いた筆が散乱している。
「ごめん、ほんとに邪魔だったね」
「いいって。それより俺のかぼちゃプリンは?」
僕はアルミ製の保冷バッグを漁って、テーブルにプリンが入ったカップを置いた。
「よしよし。これさえあればなにをしても邪魔なんて言わない」
上機嫌で言いながら千種がカップを手にした。添えつけのスプーンを手渡すと、千種はサンキューと短く言ってそれを受け取った。
「相談って?」
プリンを一口分掬って、千種が訊ねてくる。すぐにそれを頬張り、幸せそうな息を吐いた。
「うまっ。マジでうまっ。やっぱ天才だわ、俊は」
「大袈裟だよ。料理番組でやっていたのを作っただけだし」
「得手不得手は誰にでもあるって言ってるだろ。そんなことをうちの母の前で言ってみろ、3秒でぶっ飛ばされる」
僕は空笑いをした。千種のお母さんは千種が言うとおり、料理が得意ではない。料理をよくするのはむしろ千種のお父さんのほうだ。小さい頃にどうして両親が結婚するきっかけになったのかと千種が訊ねた時、ふたりは同時に『この人を放っておけなかったから』と言ったのだそうだ。それ程お母さんは仕事一筋で、一切の家事を苦手とする人だった記憶がある。そんな母親に似たのか、千種の4歳年上の姉も大概にはずぼらで雑だ。あまり人のことを悪く言いたくはないが、いいのは顔だけだ。本当に。気が強いし、強引だし、狙った獲物は逃がさない。だから千種がマメで、しかも草食動物のような性質になってしまったのだと言っても過言ではないだろう。
「千種のテンションが上がるようなことってなにかなあって思って」
千種はプリンを頬張って、少し考える様に視線を彷徨わせた。
「俊がプリンを作ってくれさえすればいい」
「いや、そんなんじゃなくてさ。なんていうか」
どう説明をして良いものか分からなかった。正直に言ってしまったら、それこそ千種は玖坂さんの心配をする。 どうにか玖坂さんの名前を出さないように説明できないかと考えた。
「たとえば、千種が落ち込んでいる時に、気持ちを切り替えるにはなにをするのかなって思って」
「俺が落ち込んでるとき? そうだなあ」
考えるような素振りを見せながらも千種はプリンを頬張っている。プリンを作りさえすればいいというのは案外本当なんじゃないかと思ってしまう。
「誰かの作品を観に行く。それか、いままで自分が見てきた中で、一番気に入っているものをもう一度観に行く」
言って、千種はリビングの奥にある仕事部屋に飾ってある絵を一瞥した。その絵は子のアトリエが完成したときに、千種が玖坂さんからもらったものだ。千種は元々玖坂さんのファンだった。お母さんがイタリア旅行の記念にと買って帰った絵葉書を書いたのが玖坂さんで、千種はそれに一目惚れをしたのだと聞いている。あれは僕たちがまだ小学生の頃だったと思う。おばあちゃんが亡くなって、一年経つか経たないかくらいだっただろう。
「落ち込んでもすぐにお気に入りの絵が見られる環境にあるから、そんなに困ったことはないなあ。ナオさんが書いた絵葉書もばあちゃんのうちから持ってきてもらったし」
言って、千種がコルクボードに貼られた絵葉書に視線をやる。風景画だ。どこの風景かはわからない。濃い鮮やかな青が広がり、橋の上に風情のある街並みが並んでいる。少し日が暮れた時分なのだろう。街の明かりがぽつぽつと点いていて、まるで写真のように精巧で美しい。河や空のタッチは、一体どんなふうに描いたのかと思うほどだ。水彩画の技法のことはよくわからないが、千種はそれを見て感嘆するように唸った。
「やっぱしすごいわ、ナオさん。何度も真似するんだけどさ、絶対こんなふうに描けないんだよね」
「天性のものなんだろうな」と、千種が言う。玖坂さんが描いた絵からは独特さと繊細さが滲み出ている。ぱっと目を惹く印象強さ。それは玖坂さん本人にも言えることだ。千種も絵が上手だ。玖坂さんのものとは違って、大胆で、大らかな感じが映える。色のコントラストで作品を表現するあたりは、千種が玖坂さんの技法を真似ているのだから似ていて当然なのだが、似て非なるものだ。千種も言っていたが、玖坂さんの表現は本当に天性のものなのだろう。僕も絵を見るのは好きなほうだが、いままでこんな独特な描き方をしている人は見たことがなかった。
「千種だって負けていないよ。玖坂さんの絵には玖坂さんの味があって、千種の絵には千種の味がある。その人にしか出せない表現があるからおもしろいし、価値があるんだと僕は思う」
千種は嬉しそうに目を細めて、最後の一口のプリンを頬張った。
「あーあ、名残惜しい」
「また作ってくるよ」
僕が言った時、玄関のドアが開くような音が聞こえてきた。騒々しい足音で誰が来たのかすぐに想像がつく。
「千種、不用心だから鍵くらい締めときなよ」
千種を見ながら言うと、千種は眉を下げて笑った。
「相変わらず諭には辛辣だな」
「諭が来るとうるさい」
僕が少し嫌な顔をしたからだろう。千種は「まあそう言うな」と笑った。
「俺が呼んだんだ」
「千種が?」
「俊に聞かせたいことがあって」
足音が近付いてくる。バンと勢いよくドアが開いた。息を弾ませながらやってきたのは、案の定諭だった。
「ちー、お待たせ!」
諭は買い物袋を二つも抱えている。ビニール袋からポテトチップスの袋が覗いているのが見えた。
「まさかこれが夕飯とか言わないよね?」
千種ならやりかねない。以前一週間ポテトチップスで過ごしたと言っていたのを思い出す。あれは僕が風邪をひいて寝込んでいた時だった。
「ンなわけないだろ。もう懲りたよ。ニキビができるし、そこまでしない。祝杯をあげようと思ってさ」
にやりと千種が笑う。諭を見ると、諭もどこかしたり顔だった。
「そうそう、祝杯祝杯。おめでたいことなんだから盛大にお祝いしなくちゃ」
なにをそこまで盛大に祝うことがあるんだと思う。確かに大学に合格はしたが、柾も一緒に焼肉パーティーをしたはずだ。まだ騒ぎ足りないんだろうか。
「奇跡の合格を喜びたいのは分かるけど、諭は推薦なんだろ? 受かって当然じゃないか」
僕が辛辣に言ったからだろう。千種と諭が顔を見合わせて笑った。感じが悪い。思わずムッとした。
「なに?」
「個展を開くことになった」
個展? 僕はきょとんとした。
「誰の?」
「俺の」
「いつ?」
「3月21日から3月30日までの一週間、総合病院前の市民会館で」
僕は驚いて二の句を告げなかった。そんな僕の反応に、千種と諭が拭きだした。
「あはははっ、見た、シュンペーちゃんの顔!」
「ほらな、絶対驚くって言ったろ」
「ちー、ひどーいっ。役者なんだから」
笑いを堪えながら諭が言う。僕はぽかんとしたままなにも言うことができずにいた。漸く口が動くようになったのは、ふたりの笑いが治まった頃だ。
「本当に? 本当に個展をやるの? 千種が?」
「会館のオーナーの名波さんって人が、ぜひやって欲しいって。なんならバックアップもするしって、何度も薦めて下さってさ。親父の会社にまで押しかけたんだ。断れないだろ」
「すごい。なんて言っていいか」
「ナオさんが俺のアトリエを作って下さったから、だからなのかって、訊ねたんだ。でも違った。俺が毎日のように公園で絵を描いているのを見て、絵を展示する場所を提供したいって思ったんだって。話も殆どまとまった。あとは準備だけ」
千種が笑う。いつもとおなじ表情なのに、とても晴れ晴れとしている。それはきっと千種の夢が叶ったからなのだろう。
「おめでとう」
千種が気恥ずかしそうな顔をした。
「お祝い、かぼちゃプリンでよかったの?」
「俊のかぼちゃプリンは絶品だからな。諭にやらないで俺だけが食べるっていうのがまずご褒美みたいなもので」
「えっ!? シュンペーちゃんのプリン食ったの!?」
「人の話聞いてたかよ? 俺のお祝いだって言っただろうが」
「おまえのはないぞ」と、千種が諭に言い放つ。諭はあからさまに不満げな顔をした。
僕は二人のやり取りを聞きながら考えた。千種のストレス解消法が他の人の作品を見ることなのだとしたら、玖坂さんもそうかもしれない。もしも懐かしいと思える作品に触れることができたら、玖坂さんの心になんらかの作用を齎して、気分が変わるかもしれない。その方法が必ずしも功を奏すとは言えないだろう。けれどやってみる価値はある。僕は玖坂さんが書いた絵を眺め、玖坂さんがすべての雑念を取り払ったような表情で笑っている姿を想像した。
***
千種の個展に合わせて玖坂さんが外に出られるようにアプローチしなければならない。庭先には出ている姿をたまに見かける。庭のベンチに腰を下ろしてソメと一緒に日向ぼっこをしているのだ。僕はそれを見守りながら洗濯物を干す。ここに来た当初は部屋から一歩も出なかったと園山さんが言われていた。それから考えたらすごい進歩だ。
今日はとても天気がいい。玖坂さんは僕が洗濯物をテラスに干すのを眺めながら、今しがた僕が買ってきたフルーツケーキをおいしそうに頬張っている。ふわりと甘い香りがする。以前澤村さんが教えてくれたものだ。玖坂さんは気に入ってくれるだろうか。
僕の心配をよそに、玖坂さんはもぐもぐと口を動かしながら、嬉しそうに足を揺らしていた。
「おいしいですか?」
玖坂さんの笑顔が一層深くなる。その表情だけでわかる。なんだか嬉しくなってきて、僕は最後の洗濯物を干した後、テラスのベンチに腰を下ろした。ここは暖かい。ソメがよくやってきて、眠っている。その気持ちがよくわかる。陽の光が心地よくて落ち着くのだ。
「朔夜くんにね、寝てばっかりいたら、ぷーさんみたいに太っちゃうって言われたんだ」
唐突に玖坂さんが話しかけてきた。朔夜ならではの発想だ。
「だから、たまには部屋から出てみようかと思って。ここまでは平気なんだ。でも、玄関の外に一歩出たら、全く違う場所に出て行ってしまいそうで」
そこまで言って、玖坂さんがはにかむように笑った。次に続く言葉はなんだったのだろうか? おおよそ想像がつく。僕は「そうですか」と相槌を打つだけにとどめた。玖坂さんがふうっと溜め息を吐いた。深い気持ちに悩まされているようなものだった。
「いまはまだ、いいんじゃないでしょうか」
玖坂さんが僕を仰ぎ見た。
「急くことはないと思うんです。徐々に、徐々に慣らしていけばいいかと」
僕はそう思う。物事は段階を飛ばして成り立つようなものではない。きちんとした順序を踏まえてからでなければ、できることもできなくなる。玖坂さんは口元だけで笑うと、フルーツケーキをぱくりと頬張った。
「聞いてみて、よかった」
ぼそりと、玖坂さん。ふうっと息を吐く。今度は少し違った。気持ちを立て直そうとするような、強い気持ちを感じた。僕はテラスの窓を開けた。清かな風に乗って様々な香りが運ばれてくる。まだ風が少し冷たい。春独特のそれは、何故かいつもよりも心地がよかった。
玖坂さんは僕が訪れるたびに、様々なことを話しかけてくるようになった。さすがに朔夜の相手だけでは張り合いが無くなってしまったのだろうか。そのことを園山さんに聞いてみたが、園山さんに対しては相変わらず辛辣らしい。それは園山さんが玖坂さんの幼馴染だからなのだろうか。それとも、僕がこのうちに来る"客人”だからなのだろうか。おそらく、そのどちらもちがう。なんとなくそう感じた。
玖坂さんと話すのは抵抗がない。それはたぶん、僕にとって玖坂さんが恩人だからなのだろう。それ以外の理由があるとしたら、玖坂さんが僕の話をきちんと聞いてくれるからだろうか。バイトがある日には少しだけ早く園山さんのうちに行って、玖坂さんと話してから朔夜の迎えに行く。いつのまにかそういうパターンになっていた。
それは多分、僕が玖坂さんと一緒にいたいという気持ちがあるからだろう。タイミングを見計らって、外に出る勇気を持ってもらって、千種の個展に誘導する。現段階ではやや難があるかもしれないが、それ以外に良い方法が思い浮かばなかった。僕は3月末でここに来なくなってしまう。本当ならゆっくりと時間をかけて玖坂さんの緊張を解して、関係性を築いていくのが定石だ。けれどそんな悠長なことを言っていられる場合ではない。個展はあと一週間ほど先に迫っていた。
今日はいつも園山さんのうちに来るより2時間以上早い。どうせならいつもできない場所も掃除しておこうという魂胆だ。割合綺麗好きの園山さんは暇を見つけては掃除をされているみたいだが、先週から忙しくて家のことに手を付けられないと嘆いておられた。
リビングに向かうよりも先に、ランドリーの中の洗濯物を洗濯機に入れた。洗剤と柔軟剤を入れ、洗濯機のスイッチを入れる。その間にお風呂の掃除をするのがいつもの流れだ。お湯は予め抜いてある。浴槽内に洗剤を掛け、スポンジで擦っていく。いつもならそうでもないが、今日は中腰になるのがなんとなくキツイ。明日から天気が悪くなるのだろうか。そんなことを考えながら、シャワーで床を流していた時だ。突然ドアが開いた。玖坂さんだ。おなじ男とは思えないくらい白い肌が見えて、思わず顔が赤くなった。
「す、すみません、まだ掃除が終わっていなくて」
「あ‥‥、いえ。オレこそ、気付かなくて」
「す、すぐ、終わります」
慌ててドアを閉めた後、なんで照れてるんだろうと冷静に思う。同性の裸なんて柾で見慣れているはずなのにと思いながら、バスタブについた泡を妙な気持ちと共にシャワーで流すことに徹した。
こんな時間に来ることはあまりないけれど、僕が来ない日にはこうしてシャワーを浴びていたのだろうか? ふと思ったけれど、それにしては洗濯物の数が合わないなと考えを否定する。やっぱりなにかがあるのだろうかと思いながら、バスタブやタイルに泡がついていないことを確認して、シャワーのレバーを下げた。
「どこかにいかれるんですか?」
ドア越しに、玖坂さんが首を傾げるのが見えた。
「こんな時間にお風呂なんて、珍しいなと思ったので」
「前の、会社に」
間を置いて、玖坂さんがつぶやくように言った。
なるほど、それでシャワーを浴びようとしていたのかと納得する。タイルを水で流していたので、それでは寒いだろうなとお湯をタイルに掛けていた時だ。
「どうすればいいのか、分からないんです」
玖坂さんの、どこか不安げな声が聞こえてきた。
「昔の同僚から、電話があったんです。17時に家に来る、って。話がしたいって。でもオレ、誰とも話したくないし、会いたくない」
玖坂さんの声は震えていた。園山さんが言っていたとおり、人見知りで僕を避けていたというなら、元同僚の人にここまで不安を抱く理由はない。もしその理由があるとすれば、元同僚の人と気まずいなにかがあるか、それ以外だ。
「玖坂さんは、どうされたいんですか?」
ドア越しに玖坂さんが顔をあげたのが分かった。
「こんな言い方をしてしまうのは失礼だとわかっています。
でも僕は玖坂さんが欲しい答えを持っていません。探せと言われても、当てこすりをいう程度のお役にしか立てないと思います。
“どうするべきか”も、“どうしたいのか”も、玖坂さんの“答え”の一部なんじゃないでしょうか。
行きたくないのなら、会って話すべきと思われているのなら、どちらも結論になるのかと」
「オレが、どう、したいか?」
「僕はこの程度のことしか言えません。あとは玖坂さんの行動が物語っていると思います。
“行きたくはない”けど、迎えが来るからとお風呂に入る。つまり、そういうことじゃないでしょうか」
「‥‥頭では、わかってる。一度きちんと話しておくべきだ、って。でも、怖い」
根が深いなにかがあるのだろうと思っていたけれど、どうやら少し違うらしい。僕はドアを開いて、玖坂さんの隣に腰を下ろした。
「いいんじゃないでしょうか、それで」
「え?」
「僕も極力誰かに弱みを見せたくありません。それが自分を知っている人であればなおさら。
でも、弱みと弱音は違うと思うんです。僕にはいろんな悩みを聞いてくれる友達がいた。園山さんがいた。だからいまの自分があると思っています」
「そんな、単純なもの‥‥でしょうか?」
「単純に見えて複雑だし、その逆然り」
「‥‥よく、わからない」
「もし、僕でよければ聞きますよ。玖坂さんの悩みでも、愚痴でも、なんでも。
誰かに話すという行為そのものが、自分の心の中の自浄作用に繋がると本で読んだことがあります」
「カタルシスの、こと?」
さすがに玖坂さんは察しが早い。僕がそうだと頷くと、困ったように下がった眉を少し解いて、小さく頷いた。
「さあ、風邪をひかないうちにお風呂にどうぞ。着替えも出しておきますね」
言いながら促して、脱衣所を後にする。さっき畳んだ洗濯物の中に玖坂さんの衣類があったことを思い出して、僕はそれを取りにリビングに向かった。
リビングのソファの上には、キルケゴールの著書が伏せて置いてあった。きっと玖坂さんが読んでいたのだろう。キルケゴールの概念は聞き覚えがあったが、正直よくわからない。不安の概念だったかなんだったか、大学に通おうと思いたった時に本屋で立ち読みした記憶がある。自分の中で解釈しきれなかったのと、よく意味が解らなかったから気にも留めなかったのだけれど、明らかによくない状態だった玖坂さんがこういう本をいま読んでいるとすると、死に至る病がどうのと書かれていたことと関係しているのではないかと不意に思った。
考えていても仕方がない。僕はその著書の内容をほとんど覚えていないのだから。そう考え直して、僕は玖坂さんの着替えを探すことにした。
* * * * *
僕が朔夜を迎えに行って戻ってきたら、ガレージ脇に見慣れない車が停まっているのが見えた。
「パパのじゃないね」
不審そうに朔夜が言う。
「玖坂さんにお客さんが来るって言っていたから、その人だと思うよ」
「なおちゃんの友達?」
「さあ、友達かどうかは解らないけど」
静かにねと朔夜に念を押しながら、玄関に入る。朔夜は玄関にあるその人の革靴に気付いて、自分の靴と大きさを比べた後、感動したように顔をあげた。
「パパより大きい!」
「静かに。大事な話をしているかもしれないから、奥に行こう」
シフォンケーキがあるよと言うと、朔夜は目を輝かせて、脱いだ靴をそろえた後でリビングまで忍び足で向かった。こういうところは素直でかわいい。
僕がリビングに入ると、朔夜は幼稚園の制服を脱いで、ソファ横のランドリーに入れていた。ソファに置いていたセーターをかぶると、シンクで手を洗い、うがいを済ませてからソファにダイブした。
「ケーキ、ケーキ!」
「飲み物はココア?」
「うん!」
朔夜が足をバタバタさせながら待っている姿を横目に、僕はあらかじめ用意していたシフォンケーキをお皿に乗せ、少しぬるめのココアを作り、朔夜の前に置いた。
「俊兄は食べないの?」
フォークを手にしながら朔夜が尋ねてくる。僕がココアだけでいいと言うと、朔夜はふうんとだけ言って、いただきますと手を合わせた。
「夕ごはん、どうしようか?」
僕が尋ねると、朔夜はもぐもぐと口を動かしていたけれど、それをココアで飲み下した。
「俊兄のポトフが食べたい!」
「いいよ、材料なら確かあったから、すぐに作れる」
「やったー! なおちゃんにも食べさせてあげたらいいよ、お野菜嫌いだけど、俊兄のなら食べられるよ。オレもニンジン嫌いだけど、俊兄が作るの食べたら食べられるようになったもん」
言いながら朔夜が体を揺らす。玖坂さんは嫌いなものが多そうなイメージがあったから、やっぱりかと思いながらキッチンに入った。
ポトフを煮込みながら朔夜の公文の宿題を見ていた時だ。玖坂さんの大きな声が聞こえてきた。朔夜が僕のパーカーの袖を引っ張った。
「なおちゃん、怒ってるのかな?」
「さあ。朔夜は宿題やってて。様子見てくる」
言って、僕は朔夜を残して廊下に出た。僕がちょうどリビングのドアを閉めた時だ。玄関からスーツを着た長身の男性が出ていくのと、廊下に玖坂さんが蹲っているのが見えた。
「大丈夫ですか?」
玖坂さんに近寄って声をかけると、玖坂さんは驚いたような顔で僕を見た。余裕がなさそうな顔をしている。バスルームで見た時とは違う。あの公園で出会った時と、同じ目をしていた。けれどその目の奥には、明らかにその時とは違うものがある。僕が手を差し伸べると、玖坂さんはその手を振り払った。
「どうしてそこにいるの?」
震える肩を抱きながら、玖坂さんが尋ねてくる。
「すみません、すごい声がしたので、なにかあったのかと思って」
「なにかあったとしても、貴方には関係ない。子どもには無縁な話です。
こんなことをしていないで、ちゃんと学校でも行ったらどうですか?」
玖坂さんの声はとても冷たい。ずきんと胸が痛むような気がしたが、僕は気を紛らわせるために大きく息を吐いた。
「学校、行っていないんです」
玖坂さんが弾かれたように顔をあげた。信じられないというような表情だ。仕方がない。こんなことは慣れている。玖坂さんだからとわずかに期待していた僕がバカだったのかもしれない。
「地元じゃないので知り合いも少ないから、ここのバイトは条件がいいんです」
考えてみれば玖坂さんにとっては小さなことだ。僕が勝手に気持ちを逸らせていただけで、仕事の一環でしかなかったということだろう。僕のことを覚えていなさそうだったから、そうだろうとは薄々気づいていたけれど。
「学校に行けって言われるのも、こういうバイトは辞めろって言われるのも慣れているので」
別に玖坂さんだけがそう言ったわけじゃない。柾だって、園山さんだって、はじめは反対していた。だから慣れているはずなのに、自分では落ち着いているつもりなのに、どういうわけか胸が痛くて笑えなかった。
どうせ誰も解ってくれないからといつもやり過ごしてきたから、感情をどうコントロールすればいいのか、どう排出すればいいのかは解っている。僕は気持ちを落ち着けるためにもう一度大きく息を吐いた。
リビングで電話が鳴っている。蹲ったままの玖坂さんが気になったけれど、大事なことだったらいけないからと、リビングに戻った。
リビングに入ると、朔夜が「電話だよ」と子機を持って来てくれた。
「はい、園山です」
『俊? 聡一郎は戻った?』
電話をしてきたのは那珂さんだった。
「いえ、まだですけど。なにかあったんですか?」
『いまから聡一郎が戻ると思うけど、仕事はいいからとっとと行けって言っておいて。書類はわたしか直人が採りに行くから。頼むわね』
矢継ぎ早に言って、那珂さんは僕の質問に答えることなく電話を切った。これではなにかがあったと言っているようなものだ。もしかして佳乃さんの体調が悪いんだろうか? そう思った時、玄関のドアが開く音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます