第12話 選択肢

午後16時。

いつものようにシャワーを浴び、寝ているたかくんを尻目にメイクをする。


メイクをすると私はゆきになる。

違う自分になれた気がして、割り切って仕事ができる。


寝ぼけているたかくんに行ってくるね、と

挨拶をして家を出る。


タクシーを捕まえて今日もミナミに向かう。

外の景色を眺めながら今日の予約をチェックする。

今日は20時から仲のいい客との貸切デートだった。


20時まで暇だなあと思いつつ、

ありがとうございますとタクシーを降りる。

すると、眼前にガタイのいい男が見えて

転びそうになる。


はるきだった。

驚いていると、肩を抱かれ、あっという間に連れ去られる。


そして2人でまだたくさんの人がいる宗右衛門町に入る。


そして一軒の居酒屋に入った。


「急にごめん。話したくて。」


それぞれ注文を終え、煙草に火をつける。


「ねえ、ここから逃げる気ない?」


一瞬、聞こえなかった。


え?と問うと


「たかくんから離れて俺のとこ来る気ない?」


今度こそはっきりと聞こえた。


逃げる?私が?唖然とし、素っ頓狂な答えが出た。


「とりあえず、場所変えない?」


しばらくしてから店を出て、

初夜のホテルへ向かう。


「もう一度言う。俺のとこ来る気ない?」


私は迷っていた。

もちろん、逃げたい。この状況は明らかに異常だ。

だが、たかくんから離れるなんて選択肢は私の中にはなかった。


「ちょっと…考えさせて…」


すぐに答えは出なかった。


ちなみにこのとき、抑えきれないはるきに押し倒され、情事を行い、遅れたところ、

待っていた客が半泣きだったのはまた別の話だ。


午前4時。無事7万円を貰い、疲れ果てた脚をなんとか歩かせ、バーに向かう。


タイトなワンピースに10センチのロングブーツ。

キャッチたちの目線を独り占めにしながら

バーに着く。


扉を開け、いつものようにひろとたかくんが

出迎える。


「ゆきお疲れ様!今日いくらだった?」


慣れた動きで財布を手渡す。

たかくんは私の財布から7万円を抜き取り、

5千円を手渡す。タクシー代だ。


「今日は一緒に帰れそうにないから

先帰ってて。多分帰れない。アフターある。」


5千円のときは大抵そうだ。

飲み終わり、ヨーロッパ通りでタクシーを捕まえる。


「じゃあゆき、今日もありがとう。

大好きだよ。明日も頑張って稼いできてね」


営業スマイルでぎりぎり耐え、キスをしてタクシーに乗り込む。


「本町通りを右で。」


その日は無性に腹が立っていた。


明日も稼いできてねだと?こっちがどんな思いで稼いでるのかわからないくせに。


ぼーっと外を見ていると、ふと気づいた。

見慣れない道だ。


「おい、止まれや。どこ走ってんねん」


イラついていたので運転手に当たってしまった。


おろおろしている運転手が


「谷町です…。」


と、告げる。は?私は完全に日々のストレスが爆発し、


「本町通り右に曲がれゆうとるやん!

本町通りひとつしかないやろ?谷町って方向ちゃうやんけ」


と、運転手を叱責する。


「もうええわ。とりあえず戻って」


タクシーのメーターは動いたままでさらにイラつく。


「なんでメーター動かしてんねん!

おかしいやろ、お前が間違えたんやろが。

止めて戻れよどアホが。」


おろおろする運転手にさらにイラつきながらもいつもの道に戻った。


料金は3千円。ふざけるな。


「いつもは千円で済むんやけどな。

兄ちゃんが間違えたせいで高なってもうたわ」


と、わざとらしく言うと料金は無料となった。


「ほな、ありがとうな。道間違えんなよ兄ちゃん!まじ頼むで。」


浮いたお金でなにかご飯を買おうと考えながら帰宅する。


服を脱ぎ洗濯物を回しながら考える。


たかくんのところにいるか、

はるきの元へ行くか。


迷う余地などないのは分かりきっていた。


なぜそれほどまでにたかくんに依存するのか。私にも分からず、

リストカットの傷を増やす。

腕や脚、肩にたくさんの噛み跡が残っている。


痛みは愛。魔法の言葉。

だけどその言葉ではもう、あざの痛みは消えなかった。




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