第11話 本当のこと。
誰もいない。
今日は雨だった。
それでも私は立たなければならない。
でも今日はみずきに会えるから頑張ろうと
思えた。
雨の中、傘を差し、駅へと急ぐサラリーマン。
相合傘をし、ネオンの中に消えていくホストと客。
仲良さげに話すカップル。
同業者は今日いないみたいだ。
どうやら地下街に集まっているらしかった。
しばらく経ち、雨が止んでミナミに活気が戻る。
びしょ濡れだった。
傘なんて持っていなかった。
持たせてくれなかった。
だけどぎりぎりで客が捕まり、やっとシャワーを浴びれる。
そう思い、ホテル街を歩く。
そして、目が合った。
喫煙所にいたのは、みずきだった。
私は慌てて目を伏せ、客に
「ねー早く行こ?寒いよー。」
と、わざとらしい猫撫で声で誘う。
気持ちが悪い。
ホテルに入り、無で情事をこなす。
もう慣れた。
営業スマイルで客を見送る。
リピートの見込みはもちろんありだ。
喫煙所にまだみずきはいた。
あんな大きい図体で潜入するのだから
バレてしまうのでは、と少し笑った。
雨が止んでから客足が止まらなかった。
今日は忙しくなりそうだ。
その後もホテルに入っては同じ作業をし、
帰っていく客を見送る。
今日だけで8万円。上々だ。
今日は殴られずに済みそうだと安心していた。
午前0時。みずきとの約束の時間だった。
しかし、みずきは一向に来なかった。
なにかあったのだろうか。
1時間待っても来なかった。
雨が降ってきた。
寒さに凍え、屋根もなく濡れるだけ。
倒れそうだ。今までの疲労だろうか。
頭が痛い。少しふらついている。
目の前が暗くなり、アスファルトが近づいた瞬間、私を受け止めて抱きしめた、温かい感触があった。
みずきだ。目を開けると
泣きそうになりながら
「ごめん、ゆき。待たせて。本当に。
こんなになるまで…。寒かったじゃろ。
ごめんな。」
少し訛った広島弁で意識を取り戻す。
「遅いよ…ばか。約束…してた、でしょ…」
そう言った瞬間、キスをされた。
深く、激しく。
体温が戻ってきて、泣き出してしまった。
このとき私は、全てを話そうと決意した。
まだみずきに、本名と年齢を偽っていたのだ。
ゆき。20歳。それは私が作り上げた、
自分なりの生き方だった。
ホテルに入り濡れた衣服を脱ぎ捨て、
体温を分け合うように肌が触れる。
本当のことを言ったらきっと、彼は離れてしまう。愛していたからこそ、隠したのだ。
深いキスをしながら、私の感じる全ての箇所を丁寧に愛撫する。
そして、いつものように優しく入ってくる。
泣いてしまいそうだった。
これが最後の情事になるのかと。
時間が止まって欲しかった。
やがて、情事が終わる。
私は静かに口を開いた。
彼の顔は、怖くて見れなかった。
「私、本当は…17歳なの。名前もゆきじゃない。あゆみなの。ごめんなさい。本当に。」
泣いてしまった。全て終わった。
涙を流し、彼との関係の終わりを悟った。
けれども、彼は私を抱きしめた。
「本当なんだね、それは。嘘はもうついてない?お願いだから泣かないで。俺はそれでも
一緒にいる。いたいんだ。」
私は驚いた。全てを知ったのに。
なんで。こんなにも優しいのか。
困惑とともに涙が止まらなくなった。
泣きながら何度も謝る私を見て、
優しく慰めてくれるみずき。
「俺も、みずきじゃないんだ。
俺は、はるき。はるきって言うんだ。」
お互い、嘘をついていた。
けれどそれは、偽って生きてきた私たちには
日常だった。
昔から嘘が得意だった。
常に人の目を気にし、その人が気にいるようなことを話す。
全てが偽りでも、気に入ってもらえるならなんでもよかった。
全てを曝け出した私たちは、
より深く、激しく愛し合った。
泣きながら行った情事に
久しぶりに感情が芽生えた気がした。
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