第10話 彼の過去と呪い
とりあえず、寒かったので
ホテルに入り、2人で湯船に浸かる。
「「あったけええ」」
2人で揃ってしまった。
少し笑い合ってから、目が合う。
見つめあってキスをする。
初めて金銭のやりとりなく、純粋に愛し合った夜だった。
その日はたかくんのところに帰りたくなくて、嘘をついた。
なぜか、帰りたくなかった。
ただの客でしかなかったこの男に
なにかを期待したのかもしれない。
時刻は午前3時。
「ねえ、みずき。みずきは、昔どんなだった?」
聞いてみたかった。
私が信じた唯一の男のことを。
「俺は、呪われてるんだよ。」
そう言って話し始めたみずきは
いつの間にか涙ぐんでいた。
みずきは、ある施設で育ったらしい。
そこで射撃の才能を見出され、
ある組織に入った。
そこでみずきは命令のもと、計294人を射殺し続けた。
暗く、重く、どこか寂しさを感じる目で
みずきは話す。
「俺の運命は生まれたときから決まってたんだ。それが愛されない者の宿命なんだよ。」
愛されない者。私と同じなのだろうか。
私がやっていることもまた、愛されない者の宿命なんだろうか。
私たちは似たようで違った。
愛されずに育ち、人を殺し続けたみずき。
愛されずに育ち、
金と引き換えに自分を殺した私。
そのとき、私はみずきを抱きしめていた。
「みずきは呪われてない。私は、みずきを信じようと決めた。例え世界中がみずきの敵であろうと私が味方でいてあげる。」
気づいたらそう言っていた。
慰めになるなど到底思っていなかった。
ただ、私の気持ちを伝えたかった。
私は今まで誰のことも心から信頼したことなど、一度も無かった。
信じても裏切られ、愛されたことなどなかった。
ただ、みずきだけはなぜか信じてもいいのかもしれないと、思ってしまった。
そのとき、私はやっと自分の気持ちに気づいた。好きだと。客の1人であるこの男に、恋をしているのだと。
ダメ元で
「私、二股しようかな。」
と、呟いてしまった。
戸惑うみずきを制し、
「みずきと、さ。笑」
素直になれなくて、捻くれた言い方をした。
怖かった。また、裏切られるのが。
そのとき、みずきは
「俺…家族がいるんだ。でもゆきのことを
誰よりも大切にしたい。俺が…世界一幸せにする。だから、俺も、ゆきがいいんだ。」
そう、みずきは既婚者だったのである。
しかし、私は彼への気持ちを抑えることなどできなかった。
それでもいいと思った。
この先、険しい道に足を踏み入れてでも…。
彼と一緒にいたかった。
彼ならどんなことがあろうと、信じられる気がした。
午前6時。
またねの代わりに軽くキスをした。
そのキスは愛されなかった者たちの寂しさと
仄かに煙草の匂いがした。
彼がいつも纏っていた殺気は
今日はなぜか穏やかになっている気がした。
私はこれでよかったのだろうか。
そう思いながら1人、また朝の宗右衛門町に寂しさを紛らわすように消えた。
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