第9話 歪み

1月が終わり、

2月の中盤に差し掛かっていた。


あれからエンデリをやめた。

やめた1週間後にそのエンデリ組織が捕まったと聞いた。


今日会う相手のために私は今走っている。

約束の時間に間に合わなそうだからである。


ヒールで爆走をかまし、待ち合わせのヒップス前に着いた。


「着きました!すみません、遅れて」


と、DMを送り周囲を見渡す。


スマホを見た男がいた。あいつだ。


「あのーみずきさんですか?ゆきです」


そう言うと、彼は頷き、よろしくお願いします、と丁寧に挨拶された。


私の苦手分野であった。

DMから伝わる真面目感が凄く苦手だった。


私は緊張をほぐすために


「あー二郎系食いたい。ラーメン好き?」


と、会話のリードを握る。


それでも彼ははい好きです、とだけしか答えず、真面目だなと思いながらホテルに着いた。


「ここでい?」


と、指定したホテルはユーズなんば。

難波の中では1番安く、精算機払いのため

やり逃げの心配もないのだ。


彼は煙草を吸っていた。

ハイライトメンソール。まあ悪くないセンスだ。


他愛もない会話をし、シャワーを浴び、

いつも通りの変わらない情事が始まる。


机の上に置かれた1万5000円が虚しい。


別れ際、なぜか


「ねえ!ラーメン食べに行かない?」


と、誘ってしまった。

普段は仲のいい客としか行かないのに。


みずきは醤油ラーメンが好きで

広島出身だと言う。時々出る広島弁が少し心地よかった。


情事に及ぶ際も、私のあざを見て

驚いていたが、"用意していた答え"をそのまま繰り返す。


「これ?彼氏からの愛情♡痛みは愛だよ?」


この魔法の言葉が傷の痛みを軽くしてくれた。

元警察官だと言うみずきに最初は恐怖心を抱いたが、彼の情事は優しかった。


ゆっくり、優しく痛くないか心配してくれながらする。


他の客とは違った。

だから誘う気になったのかもしれない。


別れるのが惜しくなって


「次、泊まりきてよ、なんかまた会いたくなっちゃった」


どうしてだろう。この人になにかあるのか?と考えたが、次の予約が入っていたので

またミナミを走り出した。


そして、翌日私は二日酔いだった。

気持ち悪くて吐きそうになりながらも

なんとか仕事を続けた。


しかし、世は2月に入り、客足は遠のき、

寒くなってきていた。


ふと、みずきに連絡したくなった。

なぜだろう、わからないけれど


「みずき、今なにしてる?寒くて死にそう…」


ピロンッ

返信は予想に反して早かった。


「今ミナミいるから行こうか?」


なぜか、もう少し頑張れそうな気がした。


「じゃああの場所で。」


あの場所とは初めてみずきと行ったホテルである。


私が近くの喫煙所で煙草を吸いながら、凍えているとみずきが走り寄ってきた。


「風邪ひくよ、そんな格好で。」


みずきはずっと優しかった。

でも、彼の過去は私よりもずっと重くて、

寂しいものだった。


この日、私は彼の過去を聞いてしまったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る