バ美肉おばさんは話を聞く⑪

「では私のデータを使ってクリアしましょう」


落ち着いたのかな?大丈夫だよね。もうあんな風にならないよね。

私にはここから逃げる術がない。今、逃げ出したら多分視聴者に恨まれる。

ヘタレVとして炎上してしまうかもしれない。

エンディングと300周目が見られるチャンスなんて今を除いてない。

人の形が残ってるってどれくらい残ってるんだろう。

好奇心で恐怖を抑え込んだ。


「では、トゥルーエンドをお見せしますね」


社長さんはヘッドセットをかぶった。

ゲームスタート、どんなホラー画面が見られるんだろう。


人の顔がなくなって……のっぺらぼうに黒い丸い穴が三つ空いているだけのモブがうろついていた。

なんて言うんだっけ、あの三つ黒い点があると人の顔に見える現象。

あれだ……シュミラクラ現象、乙女ゲームでなんでこんなの見てんの。

それになんで手がぐにゃぐにゃしてんの?

校舎に蔦が絡んでるのかと思ったら、壁から直接蔦が生えている。

お日様は緑で、空は紫だし、雲に金属っぽい光沢があるぞ。


コメント欄が叫び声だらけだ。

「ぎゃぁぁぁぁ」

「何これ、何これ」

「これ、一応乙女ゲームだよね」


「今回はこんな感じですね。前の周は虫みたいな目でしたし、校舎は泡みたいな感じだったんですよ。ちゃんと変化にもランダム要素があるんですよ」

 

……意味がわからない。

周回毎に変わるってすごい手間がかかってる。

これでも十分に狂っているとしか思えないのに、さらにおかしくなるのか。


社長さんが扮する主人公はフレデリカの元へ迷いなく歩き出した。

え、ちょっと待って、あのフレデリカが動揺してるぞ。

フレデリカは腰の剣に手をかけているものの、固まって動かずにいた。

あの殺人鬼が?

社長さんはそのフレデリカの目を見つめながら、目の前に立ち、頬を両手で挟むと……キスした。

それもただキスをしたんじゃない。


フレデリカの双剣が主人公のお腹から背中まで突き抜けている。

唇を離すと今度は膝をついて手を握った。

口元から血を流しながら、真っ直ぐにフレデリカを見つめて告白した。


「愛しています」


なんの飾りもない、その代わりただ真っ直ぐな愛の告白だ。


すると、朱色の花びらが舞い始め、世界が正常に戻り始めた。

異形と化した人は消え、世界が元に戻り光が満ちてきた。

浄化?されたフレデリカが笑った。

凄くない、あれ。魂がこもってるって言われても信じられるような、とても素敵な笑顔だ。

「愛で救う」とか言い出した時は、なんて古臭く陳腐なんだと思った。

フィクションの中でしか見ることができないであろう、心からの笑顔だ。

いや、ゲームだからフィクションなんだけど、主人公の目の前にいるフレデリカは本物の人間に見える。でも、ゲームの中のキャラなんだよな。あぁ、フィクションが現実を超えた。


マジでこれ……言葉じゃ説明できない。目の前の光景は実際に見ないと素敵さが理解できない。

いや、マジで二人は幸せなキスをしてってやつだ。

尊い光景に百合に興味がなかった私でも涙がこみ上げてきた。


「尊い……」

「てぇてぇ」


コメント欄の語彙力も低下している。

社長さんがゲーム終了してヘッドセットを外した。


「こんな風にクリアするんですよ。痛みを感じないから凄いヌルゲーですよ」


「えっと、刺されるのは確定なんですか?」


「そうですよ。刺されたり斬られたりした痛みで。感情を少しでも揺るがせると無視されたり、殺されたりしましたから、凄く大変でしたよ」


……何その地獄。

クリア方法はわかった。

でもGYXさんのコメントでの社長さん以外の人はクリアできないってどういうことなんだろう。

痛みがないんだったら、ネタさえ割れてしまえば難しいことなんてない。

ここは私もクリアする流れだ。

要はフレデリカにキスをして幸せなエンディングを迎えるだけだ。

確かにあんな恐ろしいフレデリカにキスをしようなんて思いつくはずもない。

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