公爵令嬢は死に戻る⑤

記憶を取り戻して十年が経ち十二歳になった。

今、私はある地方に来ている。

竜害と呼ばれる災害の予測がある都市だ。


竜は気まぐれな魔物だ。時おり現れて、街や人里を焼き、人や家畜を喰らい去っていく。

その巨体、硬い鱗、魔法耐性、強力な炎のブレス、何をとっても一筋縄ではいかない。

追い返すことができるのは巨大なバリスタや魔法使い、騎士を十分に準備できる裕福な土地だけだ。

そうでなければ、天災に遭ったと諦めるか、魔法使いや騎士に頼って被害を最小限に抑えるのが精一杯とされている。


その地方都市を囲む壁の上に魔法使いを並べ、盾を構えた騎士たちが整列していた。

盾に魔法を付与し炎に耐え、魔法使いが攻撃魔法を打ち込むという単純明快な戦術だ。

竜害の資料を読めば、あの程度では街を守るには大して役に立たないのはわかる。

場合によっては安全なのは、魔法を付与された盾の後ろにいる騎士や魔法使いかもしれない。

領民に犠牲は出ても、領民に対して仕事をしたアピールをしたいんだろう。


私はあの人たちを手伝う気なんて全くない。

竜がやってくるのを街の外の見晴らしの良い場所で待っていた。

大きな咆哮が響くと空気が震えた。

その音と共に竜がやってきた。

全長五十メートルを超える巨躯と、コウモリの羽のような巨大な翼。石壁をも容易く切り裂く大きな爪。

翼が羽ばたく度に木々が大きく揺れていた。


竜のいる方へ歩いて行き、竜に対して最前線に立った。

後ろから「街に入れ」との大声がたくさん聞こえるが、その全てを無視した。

鍛えていなければ、私の身体なんてあの羽ばたきで吹き飛ばされていただろう。

今は、髪や服を揺らすだけだ。

竜の狙いは街だ。私なんて目もくれずに街を目指すだろう。


だが、お前は私の獲物だ。こっちを見ろ。


「アイシクルランス」


呪文を唱えると、巨木で作った杭のような大きさの氷の槍が多数出現し竜へと向かった。しかし、直撃したにもかかわらず、氷の杭の方が砕け散り、竜は平然としていた。あの程度の魔法じゃ効かないか。

あの魔法は竜を仕留めるための魔法じゃない。

動きを止めた竜は天空から私を見下ろし、その口元に炎を蓄えた。

それを確認してから防御魔法を唱えた。

複雑な紋様の魔法障壁が出現し、竜の吐いたブレスを完全に防いだ。

竜のブレスを防ぎ切るだけの防御呪文だ。

守りに関してはこれで十分だろう。防御魔法の試験は終わった。


では、堕ちろ。


「アイスプリズン アブソリュートゼロ」


科学者が発見した絶対零度と呼ばれる極低温。

その絶対零度の領域を作り、あらゆる物を凍らせる魔法だ。

所詮魔法耐性が高いだけだ。これほど強力な魔法には耐えられず、翼と身体の後ろ半分を凍らされて地面に堕ちた。

成功だ。十分過ぎるほどの成功だ。

笑みがこぼれるのは仕方がないだろう。

落ちた衝撃で凍った後ろ半分が砕け散った。

凍った肉片が周囲に散らばった。

瀕死の竜の頭の近くに向かった。

私の身体よりもずっと大きい頭だ。

息も絶え絶えで死にかけなのはすぐにわかった。

次の試験はアダマンタイト製の剣と剣技で竜を切り裂くことはできるのか。

そのために生かしておいた、

長剣を抜き放ち両手で大上段に構える。

フッと息を吐き、真っ向から切り下ろす。


結果は大成功。


鋼鉄よりも硬いとされる鱗、その下の更に硬い頭蓋骨を一刀両断することができた。

今度こそ息絶えた竜を見下ろした。

断たれた頭蓋から血と脳漿が溢れて地面を真っ赤に染めた。

やっと、一息吐くことができた。


まぁ、その後は面倒だった。

街の領主に軽く報告で済ませるつもりだったのに、街を挙げての歓待になった。

帰ってからも面倒だった。

「ちょっと出掛けてきます」としか言わなかったので、行方不明として大騒ぎになっていた。

領主に馬車で送られてきた私を見て大層驚いていた。


「フレデリカ様には私も領民一同も感謝しております。このようなお方を育て上げた公爵閣下に感謝を申し上げます」


そう言われれば父も私に文句を言うことはできないだろう。


「この国の民は空を飛ぶしか能のない蜥蜴を恐れる必要はありません」


その一言だけで話を終わらせた。

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