公爵令嬢は死に戻る④
次の瞬間、私は地面を転がっていた。
何が起きたのか、まったくわからなかった。
間髪入れず、激痛に襲われた。口の中に鉄の味が広がった。何か硬いものが口の中に転がっている。目がチカチカする。頭がグワングワンと鳴り響いている。
痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い。
見上げると、彼は私を冷たい目で見下ろしていた。
「これが殴られるということです」
やっと、私は殴られたとわかった。
これは理不尽に抗うための力を得るための痛みだ。
何もできず、痛みすら感じずに生を手放したあの時とは違う。
この痛みは何よりも雄弁に私が生きていると語っている。
「アハハハハハハハハハ」
仰向けに寝そべりながら、息が続くかぎりに笑った。
首を落とされたあの日は、今にも雨が降りそうな曇天だった。今はどこまでも澄み切った青空だ。
生を実感している今がこんな青空であることが嬉しい。
青空をこれほど美しいと思ったのは、前の人生も含めて何年ぶりだろう。
「痛い‼︎でも生きている!!︎ 私は、今、生きている‼︎」
その青空に向かって力の限り叫んだ。
気力が充実してきた。
あぁ、生きているって素晴らしい。
立ち上がり治癒魔法を使い、即座に傷を癒す。
「師匠、早く続きを。私にもっと痛みを」
私は初めて彼を師匠と呼んだ。
私を侮る人なんて師匠と呼ぶ価値はないと思っていたからだ。
支障は困惑と恐怖が混じった顔で私を見ていたけど、スッと表情を消し再び構えた。
目の端にとらえた兄は真っ青な顔をしていた。
師匠の拳や蹴りを受け、地面を転がされた。何度も何度も。
私の攻撃は全然当たらなかった。でも、とても充実した時間だ。
その日は私が治癒魔法を使いすぎて倒れるまで組み手を続けた。
兄はその後稽古には参加しなくなった。
邪魔な兄がいなくなって、師匠を独り占めできるようになった。
師匠には才を認めてもらったようで、師匠の知る全てを教えてくれることになった。
刀剣やさまざまな武器の使い方も習った。
隙を見せると容赦なく手や足を折られたし、時に切られた。
「意識を失わないように。そうでないと、治癒魔法を使う間もなく死にますよ」
死ぬという言葉は私を奮い立たせた。
どんなに殴られようとも、意識だけは保てるようになった。
そのおかげで治癒魔法の腕もメキメキと上がった。
自分になら骨折を治せるどころか、失った腕や脚も再生するようになった。
それほどまでに自分の身体を熟知するようになった。
二年も経つと師匠の教えてくれる技もほぼ使えるようになった。
「今日は我が流派の奥義を伝授します」
そう言うといつものように組み手の準備を始めた。
私が構えているのに、師匠はだらんと腕を下げ無造作に立っているだけだ。
そこからどんな技が、と身構えていると師匠は普通に歩いてきた。
次の瞬間腹を殴られた。
受けることもかわすこともできなかった。
よろめいている私に今度は顔面に拳が飛んできた。
何故かなす術もなく私は攻撃を喰らい続け、最後は無造作に抜いた剣で腕を切り落とされた。
かろうじて残っている意識で治癒魔法を使った。
「奥義『生死流転』」
師匠は使った謎の技の名前を静かに告げた。
「死者の如くあらゆる気配を絶ち、生者を屠る技です。結果、死者は生を得て、生者に死を与える。殺気も攻撃の起こりも全て消せば、お嬢様ほどの方でもこの通りです」
体得するのに更に半年かかった。
それでも師匠には大層褒められた。
「もう私に教えられることはありません。皆伝です」
そう言うと「おさらばです」と背を向けて、私が礼をする間もなく立ち去った。
その後ろ姿が見えなくなっても私は頭を下げ続けた。
師匠に皆伝を与えられた私は、父に武器をねだりに行った。
「お父様、師匠から皆伝をいただきました」
「……そうか。礼はしたか?」
「はい」
そこで沈黙が落ちた。元々父は私に愛想が良い方ではない。
「それで、お願いがあります。剣を所望いたします」
「どのような剣だ?」
「アダマンタイトの大小二振りの双剣を」
アダマンタイトはとても硬く、とても重い。そして何より高価だ。
剣にするほどの量でちょっとした屋敷が手に入るだろう。
重さもあって普通なら女性が使うような剣ではないし、男性でも使う人なんてほとんどいない。
でも、今の私なら十分に使いこなせる。そうなるように鍛えてきたからだ。
多分、父にとっては面白半分程度だったとは思う。
数ヶ月後にアダマンタイト製の大小の双剣を私にくれた。
領主であって特別身体を鍛えているわけではない父では、持つのも大変そうだった。
実物は思っていた以上にズシリと重い。
父には離れてもらい、師匠に習った双剣の剣舞を披露した。
剣の重さすら利用した流れるような剣舞は、父にも予想以上の出来だったらしい。
私を褒めることもなく、むしろ化け物を見る目を向けてきた。
「大切に使え」
「えぇ、ありがとうございます」
この重い剣を使って、更に身体を鍛え続けた。
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