第34話 腹黒商人の提案

市庁舎を出てしばらく歩いていると、後ろから馬車が近づいてきた。ツバキが静かに告げる。

​「マスター、あの馬車は私たちを目的としているようです」

​警戒していると、馬車は僕たちの前で止まり、中からマルコがにこやかな顔で降りてきた。

​「おお、ロンメル殿!もしこれからお時間があれば、ぜひ少しお話ししませんか?」

​これは、さっきのポーションのことを聞きに来たに違いない。だが、こちらも情報収集をしたかったので、マルコの誘いに乗ることにした。

​「ええ、構いませんよ」

​僕たちはマルコの馬車に乗り込んだ。

​馬車の中ではマルコは終始、ツバキやユズリハの武勇を褒め称えていた。

​「いやあ、ツバキ殿の剣技は噂で聞くところによると見事なものだったそうですね!そして、あの森でもそうでしたが、ユズリハ殿の弓も見ているだけで気持ちがいい!」

​ユズリハは顔を赤くして照れながら、「それほどでも〜」と返し、ツバキはいつものように無表情で聞き流しているようだった。


​馬車が向かった先はストカル商会だった。マルコは商会の使用人にお茶を出すように指示し、商会の案内をしながら応接室のような部屋に僕たちを連れていってくれた。

​部屋に着き、座るように促されて席に座った。

部屋を見渡したが、「大商会」という割には、普通の部屋だった。もっと豪華絢爛な場所をイメージしていたため、少しがっかりした。

​しかし、ここまでポーションの話は全く出ていない。いつ切り出してくるのかと思っていると、マルコが真面目な顔をした。

​「ロンメル殿。単刀直入に伺います」

​ついに来たかと思ったが、マルコの口から出たのは、思っていた質問とは違うものだった。

​「ロンメル殿は、今後どうされるおつもりですか?」

​「この街で腰を落ち着けようと思っています」

​僕がそう答えると、マルコは破顔した。

​「それはよかった!今後とも、ぜひ仲良くしていただきたい」

​「そうですね」

​僕が返事をすると、マルコはさらに一歩踏み込んできた。

​「ところで、ロンメル殿。この街にご自分の家を持ちたいとは思いませんか?」

​マルコが何を言いたいのか分からず、僕はポカンとしてしまった。

​すると、マルコは説明を始めた。

​「実は、先日のモンスターの襲撃で、この街から出たいという者が多くてね。家がたくさん売りに出されているのですよ」

​彼はさらに言葉を付け加えた。

​「領主代行でさえ、逃げ出したくらいですからね」

​「領主代行?」

​僕が聞き返すと、マルコは教えてくれた。

​「ええ。領主である子爵は、基本的に中央に詰めていましてね。この街は、ご子息が『領主代行』として治めているのですが。もっとも、実務は全てエドガーに丸投げですけどね」

​エドガーの肩書が無駄に長かったのは、間に「お飾り」が挟まっていたからか。僕は納得した。

​確かにいつまでもホテル暮らしというわけにはいかない。家を持つのは良い話だ。しかし、この腹黒そうな商人にどんなメリットがあるのだろうか。純粋な善意で勧めてくるほど、この男がお人好しではないことは、グレンとのやり取りで嫌というほど分かっている。

​グレンの件といい、宿の件といい、何か落とし穴があるのではないかと、マルコを疑ってしまう。

なんか思い出しただけでムカついてきた。

​殴りたい、この笑顔……

​僕は思い悩むのを止め、とりあえず率直に聞いてみることにした。

​「僕が家を買うと、マルコさんにどんなメリットがあるんですか?」

​僕が核心を突く質問をすると、マルコは驚いた顔をして、一瞬表情をひきつらせた。

​だが、すぐにいつものにこやかな笑顔に戻った。

​「大した話じゃないですよ。あなた方のような強い方がこの街に住むようになれば、今回のように強いモンスターが来ても対処できるようになるでしょう?だから、ぜひこの街に住んでほしい。何なら、タダで屋敷を用意しましょう」


​おかしい。何かがおかしい……

​僕はすぐに違和感を覚えた。この話、うますぎる。

この状況下で安くなったとはいえ、家をタダなんて……。

​この状況下で……?

​閃いた。

​「まさか、不安を煽って安く家を仕入れて、次に『強い傭兵(僕たち)が住み着いたからもう安全だ』と言って、高く売るつもりではないですか?」

​僕の言葉を聞くと、マルコは顔を少しひきつらせたが、すぐにいつもの善人そうな笑顔で、僕に提案してきた。

​「ほう……ロンメル殿も、なかなか切れ者とお見受けした。どうです?一枚噛んでみませんか?」

​こいつ、やはり腹黒い……

​僕は心の中でそう思った。とは言え、商人とはこれくらい逞しくないとやっていけないのかもしれない。

エドガーから金貨5000枚受け取ったし、ここで投資をしてみるのもアリかもしれない。

​不労所得で優雅に暮らす……現実世界では実現しなかった夢を、叶えられるかもしれない

​少し良心は痛むが、何よりうちの子たちを食わせていくためにも安定した収入は必要だ。


​「分かりました。僕も、その話に乗ります」

​僕はそう言って、いくつか条件を付けて了解した旨をマルコに伝えた。

すると、マルコは商談成立とばかりに僕と握手を求めてきた。

​「ありがとうございます!ロンメル殿!今後とも、末永いお付き合いを!」

​何はともあれ、これでこの街で安定した暮らしを手に入れられそうだ。僕はひと安心した。

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