異世界の国

第14話 要塞都市①

​馬車の外から聞こえてきた声に僕は窓を覗き込んだ。そこにあったのはもはや街というより、巨大な要塞だった。

​石を積み重ねた分厚い城壁は見上げるほどに高く、その上には等間隔に配置された見張り台と、そこからこちらを監視する兵士たちの姿があった。

​「ここが交易都市マーカディアです」

​マルコの声に、僕は驚きを隠せない。

「交易都市……?巨大な要塞かと思いました。戦争で都市の守りを強化したんですか?」

​「停戦中とはいえ、常日頃から備えています。ですが、この頑丈な守りは何も人だけを相手にしているわけではありません」

​マルコはそう言って、僕に微笑んだ。

​「このあたりにはオーガやワーウルフといった、より強力なモンスターが出ます。弱いモンスターばかりであればここまでの守りは必要ありません。この強固な城壁は人よりも、むしろモンスターの襲撃から街を守るためにあるのです」

​「なるほど……」

​彼の言葉に僕は納得した。先程戦ったオーガのようなモンスターがうろついているような場所にある都市なのだから、これくらいは確かに必要そうだなと。


​僕が感心していると、馬車は城門に近づいていた。門の前に立つ二人の門兵が、こちらに鋭い視線を向けている。

​どうしよう……身分証明書とか、パスポートとか、いるのかな……

​僕は内心で焦っていた。この世界に来てから、そういった公的な書類は何も持っていない。もしここで身元が分からなければ、捕まってしまうかもしれない。

​しかし、僕の心配をよそに、停車した馬車から降りたマルコは門兵の一人と短い会話を交わす。彼は門兵から渡された書類のような紙をに何かを記入し、それをまた門兵に返した。

​「これで大丈夫です」

​マルコはそう言って、馬車に戻ってきた。門兵は敬礼をすると、重々しい音を立てて城門を開けてくれた。

​「マルコさん……何も求められませんでしたね」

​馬車が門をくぐり、街の中へと入っていくのを見て、僕は驚きを隠せずに尋ねた。

​「ええ。この街は、南の山脈にある国々との重要な交易都市ですから。商売を優先して、人の出入りの管理は比較的緩いのです」

​マルコは穏やかに答えた。

​「ですが、戦争をしている国にしては、少し管理が甘いような気がします。僕の故郷では身分を証明できるものがないと街には入れませんでした」

​僕がそう言うと、マルコは少し考え込んだ後、再び話し始めた。

​「あなたの故郷がどのような場所かは分かりませんが、確かにここは身元を証明できない人間も多くいます。山脈の奥地に住んでいる人は公的書類を持たない物も多いですし、モンスターと戦う傭兵の中にも、孤児だったり、過去を捨てたりした者も多くいるのです。最前線でもないこの都市では、交易や人の流動性を優先して、入出時に名前の記録を残すのみとなっているのですよ」

​その言葉に僕は安心した。これで僕と僕の仲間たちも、この街で問題なく活動できる。


​そんなやり取りをしていると、馬車は大きな建物の前に止まった。

​「着きましたよ、ロンメルさん。ここが、私たちの商会です」

​マルコの声に促され、僕は馬車を降りた。

​目の前にそびえ立つのは、石造りの立派な建物だった。その入り口の上には、大きく文字が書かれている。

​「ストカル商会」

​僕はその文字を見て、思わず二度見した。

​え?日本語?

​僕が驚いて見つめていると、マルコが笑って言った。

​「ようこそ、ストカル商会マーカディア支店へ!」

転生物によくある謎の異世界文字ではなく、日本語が普通に書かれていることに逆に少し混乱をおぼえた。

​「大きな支店ですね」

​僕は、誤魔化すようにそう言った。

​「それほどでも。私たちの支店はこのマーカディアを拠点に、周辺の小国との交易を主に行っています。ロンメルさんのポーションがあれば、きっと良い取引ができるでしょう」

​マルコはそう言って、僕の肩を叩いた。

​「それで、これからどうされるのですか?」

​「まずは、今夜の宿を探そうと思います」

​僕がそう答えると、マルコはにこやかに笑った。

​「それでしたら、街の中心部に、良い宿がありますよ。宿の名前は、『夜明け亭』。そこでなら、きっと快適に過ごせるはずです」

​マルコが教えてくれた宿の名前を、僕は頭の中に刻み込んだ。

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