第12話 馬車にて②

​窓の外に広がる木々の向こうには、時折、大きな岩山や、見慣れない奇妙な形の植物が見えた。ツバキは目を瞑ってじっとしているのに対して、ユズリハは興味深そうに外の景色を眺めている。グレンは相変わらず不満そうな顔をしており、若い商人は緊張した面持ちで、僕たちを交互に見ていた。

ツバキまさか寝てるわけじゃないよね……?

​「それで、ロンメルさん。あなたの故郷はどのあたりなのですか?」

​マルコが穏やかな口調で尋ねてきた。

「今まで教えて頂いた国名には聞き馴染みがないので、具体的にどのあたりになるのかは分からないです……」

「そうですか。残念です……」

​すると、グレンが、じっと僕の顔を見つめて言った。

​「あなたは……どこかの国の貴族か、それとも富豪か?」

​彼の突然の質問に、僕は思わず言葉に詰まった。

​「え……?」

​「なぜ、そう思われるのですか?」

​僕がそう尋ねると、グレンはニヤリと笑った。

​「当たり前だろう!宝探しという、なんの保証もない道楽をやっている。強い護衛を連れている上に、あんな高価な回復ポーションを持っている。どれをとっても、普通の人間ではない」

​グレンの言葉に、僕は妙に納得してしまった。そう言われてみれば、僕の言動や行動は、この世界の「普通」からかけ離れている。

​たしかに……

​僕は、自分の言動を思い返してみた。ゲームでレベル100まで育てたツバキたちは傭兵たちが苦戦していたオーガをあっさり倒しているし、この人たちからすれば、文字通りの「精鋭」だ。そんな彼女たちを護衛につけて、高価なポーションを惜しげもなく使う。しかも、お金のために働いているわけではない。

​どう答えようか……

​僕は頭をフル回転させた。


​貴族だ、と答えたらどうなるだろう?きっと、どんな家か、どんな身分か、細かく聞かれるに違いない。普通の人生しか歩んでこなかった僕には、そんな上流階級の設定を考えて答えられる自信がない。堅苦しい貴族風のお作法なんて、到底こなせる自信もない。

​では、商人だ、と答えるのはどうか?これなら、多少金銭的なゆとりがあり、僕がポーションを持っていることに説得力を持たせられる気がする。


​「……そうですか。ですが、私は貴族でも富豪でもありません」

​僕はそう言って、グレンとマルコを見た。二人は、僕の答えに興味津々だ。

​「私はただの商人です」

​僕の言葉に、二人は驚いたような、そして興味深そうな顔をした。

​「商人……?だが、先程冒険者だと……」

グレンが食い気味に尋ねてきた。

「実はツテで運よく回復ポーションをたくさん仕入れられて、それを売って少しばかりお金を儲けまして、趣味と実益を兼ねてしばらく冒険に出ることにしたんです。」

​「なるほど!それで、お宝探しという道楽ができたわけか!」

​グレンは納得したように言った。

​「ええ。そして、旅の途中で、とある遺跡を探索していたのですが、突然、この森の中に転移してしまったんです」

​僕はそう言って、わざとらしくため息をついた。

​「そ、そうだったのか……!転移なんて、本当に初めて聞いたぞ!」

​グレンは心底驚いたように言った。

​「では、ロンメルさんは、その回復ポーションの作り方を知っているのですか!?」

​グレンが、身を乗り出して尋ねてきた。その目は、ポーションを初めて見た時と同じように、血走っている。

​「いや、それはわかりません。あくまでも、作れる方から運よく仕入れられただけです」

ゲームでは、工房で材料を生産スキルのあるうちの子に渡して『作成』ボタンを押すだけで簡単にポーションが作れた。でも、現実の僕には、そんな知識も技術もない。

​「そうか……残念だ」

そう言う​僕にグレンは残念そうに肩を落とした。

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