希望という鎖
OROCHI@PLEC
希望に縛られている
高校二年生のあの日から、
僕は彼女を待っている。
今も、ずっと。
おそらく永遠に。
「おはよ〜」
「おはよ!」
僕の間伸びした挨拶に元気に返してきたのは、僕の幼馴染の
幼馴染といっても親同士の仲が良いわけではなく、ただ僕と彼女の仲が良いだけだ。
彼女は僕の一番の親友であり、僕が好きな人だ。
ここで言う好きな人は、もちろん友人としてではない。
恋愛としての好きだ。
どれくらい好きなのかというと、この世の何よりもだ。
正直、表にその感情を出さない様にしているが、心の底では好きという感情が爆発しそうになっている。
逆に好きにならない方がおかしいだろう。
小さな頃からずっと一緒にいて、近くから彼女を見ていて、良いところを沢山知っている僕が。
もちろん、すぐ突っ走るところとか悪いところも知っている。
それを全てひっくるめた上で彼女が大好きだ。
それこそ死ぬほど。
時々冗談めかして好きと言うことがある。
「なあなあ、ねむ」
「ん? 何?」
「好きだよ」
「もう、冗談ばっかり言って! 私も好きだよ」
そう言って彼女はいつも、少しだけ頬を赤くして答えるのだ。
そんな君を可愛いと思う。
だけどそれ以上この関係が進むことはなかった。
そんなことを下校中、友人Tに愚痴る。
「なあなあ、どうすればこの関係をもっと発展させられると思う?」
「友人Tと言われるのは複雑だが、そうだな……」
こいつはエスパーか。
「普通に告白したら? 今のお前は相手に意識されていない気がするし、告白したら嫌でも何か変わるんじゃね? あとエスパーではない」
やっぱりエスパーじゃないか。
そんなことを話しながらも僕は何もしなかった。
彼女との関係が変わるのが怖かったからだ。
それからもそんな日々が続いた。
彼女とは変わらず、友人以上恋人未満の関係が続いた。
それを後悔する日が来るとは知らずに。
それから数ヶ月が過ぎ、彼女がとある人に告白された。
そしてそれは変化をもたらす。
放課後、その情報を持ってきたのは例の友人Tだ。
「なあ、知ってるか。お前の好きなねむ、隣のクラスの奴に告白されたらしいで」
「いつものことじゃないか。それがどうした?」
ねむは、学校一の美人というわけではないが、持ち前の面倒見の良さと愛らしい容姿からそこそこモテる。
今年だけで3回は男女含めて告白されている。
だがねむは全て断っていた。
今回もそうだと僕は思っていた。
「今回はねむ、返事を保留にしたらしいぞ」
「……嘘つくなよ!」
「いや、今回は本当だぞ。第一ここで俺が嘘つくメリットはない」
「そう僕に言うことで僕を焦らせてねむに告白させようとしているとか」
「……考えたこともあったが面白くないから止めた」
「おい」
「でも今回は事実だ。嘘だと思うなら周りにも聞いてみろ。結構噂になっているから」
……こいつがここまで言うということはおそらく事実なのだろう。
ねむはそのどことも知れない奴と付き合うというのだろうか。
そんなのは正直、嫌だし考えたくもない。
「おーい、今日一緒に帰らない?」
そう僕に言ってきたのは先程噂となっていたねむだ。
「……良いよ」
断る理由もないのでそう答えた。
僕達は徒歩で家から学校まで通っている。
夕日が照らすアスファルトの道を足を揃えながら歩く。
「なあ、ねむ」
「なに?」
「今日告白されたのか?」
「そうだけど、それがどうかした? いつものことじゃん」
「今回は、その返事を保留にした?」
「よく知ってるね。うん、今回は保留にしてみた」
「理由を聞いても良き?」
「んーとね。 理由としては高校生のうちに恋愛してみたかったから。私達もう今年で高校二年生じゃん。もう来年は受験なわけ。そうしたら勉強尽くしになって恋愛とかもできないから、恋愛するなら今しかないかなって思って。告白してきた子は悪い噂は聞かないし、聞いた所によると優しくて良い子らしいから一回付き合ってみるのもありかなって思ってる」
「……そっか」
そう答えるので精一杯だった。
ねむが、自分以外の人と付き合う。
考えただけでおかしくなりそうだ。
僕はねむが他の人と仲良くしているのを見たくない。
ねむが他の人と付き合うのを許せない。
でも、こうなったのは誰の所為だ?
……それはねむが好きだったのに何もしなかった自分の所為だ。
僕はどうすれば良いのだろうか。
考え、頭の中がぐちゃぐちゃになり、思考が停止し、それでもまた考える。
その繰り返しだった。
「ねえ、大丈夫?」
ねむが僕に声をかける。
僕が好きで好きでたまらない君の落ち着く声。
今はその声ですらも僕を掻き乱す。
「ごめん、用事思い出したから先に帰る!」
そう言って彼女の返事を聞く前に駆け出す。
最後に見た彼女の顔は、どこか満ち足りた様な、どこか寂しげな、そんな顔をしていた。
家に着くなり、すぐに階段を駆け上って自分の部屋へと入る。
どこでも良いからただ一人になりたかった。
親は幸い仕事で家にはいない。
部屋に入ってすぐにベッドに倒れ込む。
目を閉じてじっとしていると少しだけ心が落ち着いた。
薄灰色に汚れた天井を見ながら改めて思う。
僕はどうすれば良いのかと。
僕はねむが好きだ。
彼女が他の人と付き合うのを許せない。
彼女に対して何もアプローチしなかった自分が許せない。
……いやまだ間に合う。
幸いにも彼女はまだ、その告白に応えてはいない。
ならば彼女が返事を出す前に僕も告白すれば良い。
そう思って、ポケットからスマホを取り出し、チャットアプリを開く。
だが彼女の連絡先を開いたところで思わずフリーズした。
「なんて書けば良いんだろう……」
思わずそんな呟きが漏れる。
彼女といつもチャットする時は何も考えずとも話したいことが溢れ出てくる。
だけど今回に限っては、告白の「こ」の字すら記憶喪失にでもなったかの様に打つことが出来なかった。
それから数時間の格闘の末、なんとか文章を書き終えた。
たった数十字の文章。
これで、全て伝われば良いのだが。
「ねむ、突然でごめん。どうしても言いたいことがあって
あのさ、実は、僕はずっとねむのことが好きだった
ねむと出会ってからずっと
だけど僕は告白はしなかった
君との関係を壊したくなかったから
この関係がずっと続けば良いなって思っていたから
でも、君が他の人と付き合うかもしれないって知った時、僕はそれが許せなかった
ずっと好きだったねむが他の人と付き合うところなんて
だから今、ねむに告白する
断られるかもしれないけど、自分の気持ちに諦めをつけるために
僕はねむのことが大好きです
君の声が、笑顔が、その優しさが、君の全てが好きです
僕と、付き合って下さい」
送ろうとして少しだけ考え込む。
何かが足りない気がする。
迷った末、少しだけ文章を足す。
「この言葉は嘘じゃないから。本当の本当に君が」
改行して、大きな空白が生まれた行に、たった四文字だけ打つ。
「好きだよ」
その文に間違えがないか何回も見直して、送信ボタンを押す。
ねむは返信が早い方だ。
すぐに返事が返ってくるだろう。
もう少し簡潔に書くべきだったかな、もっと良い書き方があったんじゃないかな。
そんなことを考えながらスマホと睨めっこをしていると、既読がついた。
僕はただ、スマホをじっと見つめる。
1分経つ。
まだ返事は来ない。
2分経つ。
まだ来ない。
5分経つ。
来ない。
30分経つ。
来ない。
1時間経つ。
来ない。来ない。来ない。
ねむからの返事はいつまで経っても来なかった。
もしかすると、今悩んでいるところなのかもしれない。
そうに違いないと自分に言い聞かせて、スマホを置いて夕ご飯を食べるために下に降りる。
その日は、返事が来ることはなかった。
そして次の日、朝起きた時も返事は来ていなかった。
僕はいつもより少し早めに学校へ向かった。
返事が来ない理由を彼女に聞こうと思って。
学校に着くとねむはいなかった。
寝坊でもしたのかなと思ったが、授業が始まっても彼女は来なかった。
お昼になっても来なかったので、先生に聞くと今日は休みらしい。
彼女にしては珍しい。
……僕のせいだろうか。
そして一週間が経ち、その間彼女が学校に来ることもなかった。
既読の文字も変わらないままだった。
彼女が学校に来なくなってからちょうど一週間経ったその日、先生が言う。
「え〜、最近夢実眠霧さんが休んでいたのはみんな知っているだろうが、その夢実さんは家庭の事情で転校することになった。急な話だがなんか大変なことがあったらしい。朝の話は以上だ。それじゃあ一時間目の授業の用意をするように」
そう言って先生は去っていく。
……何故?
いくらなんでもおかしい。
あのねむがこんな急に何も言わずに転校するなんて。
……僕の所為?
僕が君に告白したから?
告白されたのが嫌で、僕と顔すら会わせたくなかったから?
それだったら僕のメッセージが既読スルーされたのも分かる。
……でも、ねむはそんなことをする人じゃない。
嫌なことはしっかり嫌だと言うし、顔を会わせたくなければ、会いたくないと相手に言う。
僕が惚れたねむはそんな人だ。
だから彼女は既読スルーなんてことは絶対にしない。
絶対に。
だから分からない。
何故こういうことになっているのか。
分からない。
分からない。
分からない。
ただ今分かるのは、心が押し潰されそうなほど苦しく、悲しいということだけだ。
また一週間が過ぎた。
「お前、またねむの連絡先見ているのか」
昼休み、友人Tが話しかけてくる。
「ああ」
そんな僕を見て彼は言う。
「なあ、こんなことを言いたくはないんだが、彼女はおそらくもう……」
「……それ以上先の言葉は言わないでくれ」
「……だが、今のお前は苦しそうだぞ。見ていて痛々しいぐらいに。彼女から連絡が来ない本当の理由、知った方が楽になるんじゃないか?」
「……確かに苦しい。でも」
本当は僕だって分かっている。
あんなにまっすぐなねむがわざと既読スルーをするわけがない。
そんな彼女が既読スルーをする理由はたった一つだけ。
彼女は、きっと……。
「連絡が来るって僕が思っている限り、それは希望になる。そして僕は夢を見れる。たとえそれが悪夢だったとしても。夢をみている限り、僕は信じることができる。僕は、信じたいんだ。彼女を、その希望を」
「……そうか」
そう言って友人Tは、どこか寂しげな優しい眼差しを虚空へと向ける。
「頑張れよ」
友人Tは誰とはなしにぽつりと呟いて、自分の席へと戻っていった。
ねむに告白したもう1人の子は、今はもう別の子に告白されてその子と付き合っているらしい。
その子の愛はそんなものだったのだろうか。
いや、もしかすると僕のほうが異常なのかもしれない。
だけど、僕は彼女を待っている。
ねむのことが、大好きだから。
2年が経ち、僕と友人Tは大学生になった。
ねむも元気ならば大学生になっているはずだ。
あの日から友人Tは何もない空間を見ることが増えた。
理由を聞いても教えてくれない。
「お前は知らないほうが良い」
とばかり言う。教えてくれても良いのに。
この、分からずや!
「だれが分からずやだって?」
「そんなこと一ミリたりとも思っていないが?」
「嘘つけ」
相変わらず友人Tはエスパーをやっている。
「だからエスパーじゃないって」
そして僕は今も、ねむからの返事を待っている。
あれから、彼女からの連絡以外の通知をオフにした。
来た時すぐに気が付きたいから。
ふう、とため息をつく。
僕はあの時、君に好きだよという文字を送った。
そのせいで、僕の中に返事がもらえるかもしれないという可能性が生まれてしまった。
だから、僕は希望を持ち続ける。
返事は返ってこないという、事実を知っていながらも。
その希望から逃れることはできない。
今日も僕は希望に縛られている。
彼は今日も生きる。
希望に囚われ、告白の返事を待ち続けながら。
ああ、彼はずっと私からの返事を待ち続けている。
私、ねむはあの時ベッドの上にいて、そこで彼からの返事を見た。
とっても嬉しかった。
私も彼のことがずっと好きだったから。
彼のあの優し気な眼差しとか、時々見せる可愛らしい笑顔とか、彼の全てが好きだった。
もともとあの別のクラスの子からの告白も、なかなか告白しない彼にいらいらして、彼の友人Tに頼んで仕組んでもらったものだった。
彼に告白させるために。
私はすぐに返事をかいた。
良いよって。
あとは送信ボタンを押すだけだった。
だけど、その時強烈なめまいが私を襲った。
死を覚悟するほどの。
私は倒れる前にボタンを押そうとした。
押さなかったら、そのことを一生後悔する気がしたから。
だけど体が上手く動かず、私はボタンを押せなかった。
そして私は意識を失った。
最後に思い出した顔は、彼の笑っている顔だった。
これが、私の体があった頃の最後の記憶だ。
次に目を覚ました時、私は病院にいて、幽霊なようなものになっていた。
といっても死んでいるわけではないらしい。
心臓は動いていて意識だけがない状態、つまり昏睡状態に私はなっているそうだ。
病院の医者が家族に言っていた。
私はすぐに体の中に戻ろうとした。
だけど、私と体の間には見えない壁があって、体に戻ることはできなかった。
仕方なく、私は病院を抜け出して彼のところに行った。
彼が今何をしているのかが気になったからだ。
私が彼を見た時、彼は私の連絡先を開いていた。
彼は1人呟く。
「いつになったら、返ってくるかな」
その悲しさと愛おしさが混ざった声を聞いて私は嘆く。
あの時送信ボタンを押せなかったことを。
更に不幸だったのは、彼の両親と私の両親の間に繋がりがなく、私の状態を彼に伝えられなかったこと、そして両親が学校に対し、転校したことにして欲しいと言ってしまったこと。
それさえなければ彼に、私が返事を返せない状態であることが伝わったのに。
時が過ぎ、彼が大学生になった今でも、私は自分の体に戻れない。
だけど私は生きることを諦めない。
彼が私を信じてくれているから。
いつか私が戻ると信じてくれているから。
そして私は彼を愛し続ける。
私は信じているから。
彼が私を愛し続けてくれていると。
彼を、
今日も私は希望に縛られている。
ある日の大学での講義中、
彼は思う。
何かのアプリの通知を切り忘れていたかなと。
物語はまた、動き出す。
希望という鎖 OROCHI@PLEC @YAMATANO-OROCHI
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