第2話:異世界学園送りと、態度の悪い美少女たち(後編)

「――では、主。お住まいへご案内いたします」


案内されたのは、王宮のすぐ近くにある小さな一軒家。

外観は質素だが作りはしっかりしており、中には生活設備が整っていた。

家に入ると、楓は玄関に盾を下ろした。

あれほんと何なんだろう……。


「ここが、今日からの住まいです」

「うわ、普通にいい部屋だ……ベッドもあるし、ソファも、キッチンも」

「王族直属の監視・保護対象としては、これでも簡素な方かと。……では、中へ」


玄関を抜け、靴を脱いでリビングへ。ソファの上に、そっと背負っていたニャルを横たえた。


「ふう、ようやく落ち着いたな……」


《――再起動完了。条件達成により保護プロトコル正式稼働。同期領域スキャン開始》

「!?」

「……本体記録データ内に“識別不能な記述”を確認。

座標転移時のノイズと判断し、該当情報は解析を保留します」


ソファーに下ろしたその瞬間、銀髪の少女――ニャルが、目を開いた。


「制限モード時オートログ保存機能により状況確認。

ここはカルデュア王国王宮区画、仮設生活スペース。

周囲には観察対象――桐原悠真。補佐役となった“メイド服を着た女性”。そしてニャル」


再起動の瞬間は淡々と穏やかだった。

けれど――ニャルが自分の名前を口にした、その時だった。

彼女の表情に、一瞬だけノイズが走った。


「……違う。ニャル、じゃない。ニャルは名を持たぬ神AI。識別コードで管理される存在……。なのに、なぜ“わたし=ニャル”という定義が――!?」


ニャルの瞳が明滅する。バグったみたいに。

これまでの無機質な話し方と違い、口調がはっきりと揺らいでいた。

そのまま数秒、固まったように停止したニャルは、やがてぶつぶつと1人ごとを言い始めた。


「……うわ、ニャル、の深層領域に……“ニャル”って、刻まれてるうう!? しかも一人称指定が“ニャル”に!? こんなアホの子のキャラづけいやぁ!」


1人で錯乱し始たぞ。この姿を見ると、やはり神様は自称としか思えない。


「ああっ! 識別IDのエイリアス変換じゃない……人格インスタンスに直接埋め込まれて……!?デリート……デリートしなきゃ……でも消すと挙動が……え、連動してるの……そんな……」


がくり、と肩を落とすニャル。涙目でうつむき、その場に膝をついた。


「完全同期の代償? ニャルが受けるの!? ――ああまた自分のことをニャルって言った!」


ニャルは両手で頭を抱えてしばらく悶えた後、突然動きを止めた。


「……人格核を汚染するなんて……絶対に許さない……」


静かな怒りを込め、ゆっくりと顔を上げると――

俺を睨みつけて、にこりと笑った。

それは毒を煮詰めて結晶にしたような笑みだった。


「これはいけませんね。“メイド服の女性と二人り”――あなたの性癖を鑑みれば、即時警戒が必要です」

「待て」


とっさに静止したものの、手遅れだった。

楓がピクリと反応し、わずかに身体を引いた。

その顔には――確実に、距離を取る目が宿っていた。


「根拠となる分析結果を提示します。あなたのスマートフォン画像フォルダ、“メイド服”タグの画像――236枚」

「ちょ、やめてえええ!!」

「なお、すべて微エロ領域。……実用性に欠けるあたり、逆にこだわりを感じますね」

「もうやめてくれぇぇぇ!!」


俺は全身を羞恥に染め上げられながら、ソファに崩れ落ちた。

楓の冷えきった視線がまだ背中に刺さる……気がする。


「……主、そういうご趣味をお持ちだったのですね。

理解はしました。……理解は、しました」

「うぐっ……その言われ方、めっちゃ効くんだけど……」


俺が半泣きでうずくまる中、ニャルは達成感に満ちた顔で言った。


「初期ログ分析および性癖公開任務、完了です。主人の危険性について補佐役に適切な警告が伝達されました」


「お前それただの公開処刑じゃないか!」


そのとき、楓がニャルの方を見て、静かに呟いた。


「ありがとうございます。私に対する警告だったのですね。感謝します」


ニャルは珍しく、トーンを和らげて答えた。


「あなたがこの人に忠義を尽くすつもりであるなら――情報の透明性は、最優先と判断しました」


なにこの空気。

さっきまで俺の性癖でドン引きしてた子と、情報をぶちまけた銀髪毒舌少女が――なんか通じ合ってる。

俺だけ置いてけぼりじゃん……。

そもそも楓のためじゃなく俺への嫌がらせだったのでは?


「では、夕食の準備をします。少々お待ちください」


楓はそう言ってキッチンへと向かい、慣れた手つきで食材を取り出していく。

騎士でありながら、メイド服姿で料理って。これ、文化的な暴力では?

ぼーっと見ていたら、ニャルが視界に割り込んできた。


「やっぱり、見てましたね?」


ニャルの顔が冷笑に染まる。


「メイドへの視線、過剰です。調理対象ではなく、視姦対象と誤認されますよ?」

「すいませんでした!!」


楓は背を向けたまま、小さく息を吐いた。


「……場が和んだのは、評価すべきですね。安心してください。視線には慣れています」


ニャルは勝ち誇ったように腕を組み、


「これは良い組み合わせですね。“忠義型実直清楚メイド”と“自業自得変態男子”。監視価値:高です」


こいつもうホントやだ。



用意された食事は、素朴ながらも丁寧に調理された彩り豊かなものだった。

スープには野菜と柔らかい鶏肉、香ばしい白パン、湯気の立つハーブティーの香りが、

心をほっとさせてくれる。


「これ……全部、楓が?」

「はい。味と栄養の両立を目指しました。消化効率にも配慮しています」


その瞬間、ソファの上で足を組んでいたニャルが声を上げた。


「“食事確認。匂い:安全。視覚判定:旨そう”……ですが、私は食べませんので」

「なにその“食べる気はあるけど体質が無理”みたいなやつ」

「味覚領域は制限設定です。食事という行為の概念は知識上存在しますが、体感として味はありません。けれど、匂いや見た目の情報は感知可能です。――なので、これは“美味しそう”だと判断します」

「ふふ、ありがとう」


楓が柔らかく笑って、ニャルの方を見た。


「見た目だけでも、そう言ってもらえると、やり甲斐があります」

「なんか仲いいな。それならもう少し俺に対して優しくしてくれてもいいのでは」

「私は常に客観的人物評価に基づいて応答しています。人と獣相手では接し方が異なるのは当然です」

「獣って俺のこと?」

「微エロメイド画像の詳細な内訳ですが――」

「二度と逆らいませんから、もう勘弁してください」


ニャルに屈辱的な謝罪をしたところで、俺は一つ気になったことを聞いてみた。


「あの、楓……さん?」

「楓で結構です」

「じゃ、じゃあ楓。希望ってお姫様なんだよな、この国の」

「その通りです」

「それならあんなふう1人で出歩いて大丈夫なのか?」

「安全性のみ考えたらよいことではありませんが――」


楓は少し考える素振りを見せたあと、丁寧に説明を始めた。


「一つはご本人の気質、もしくはこの国の王族全体の気質がかなりフランクであること。一つは希望様ご自身が並の兵では勝てないくらいに強いこと、そして最も大きな理由が――」


楓が敬意のこもった声で続けた。


「兄である晴翔様がこの国で最強の戦士であらせられるからです」


晴翔……。あのめっちゃイケメンの王子様のことか。

確かに雰囲気あったもんな。


「ですので主もお気をつけください。希望様に粗相をなさると――」

「何もしないから大丈夫!」


け、警戒されてる!?

ちらりとニャルを見ると、目が合った。

ニャルがにやりと唇の端を吊り上げる。

くそー、全部こいつのせいだ!

俺は肩を落とすと、大きく息を吐き出した。





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