第2話:異世界学園送りと、態度の悪い美少女たち(中編)
門を抜けた先、俺の目に飛び込んできたのは――
石造りの建物が整然と並ぶ、活気ある大通りだった。
広い石畳の道に、荷馬車や人力台車が行き交い、通りの両脇では露店や商人が元気に声を上げている。
希望の話によると、あの遠くに見える塔の先端には、風向きを測る魔術式の羽根がついていて、
街の中心にある時計塔は魔法の力で時を刻んでいるらしい。
街灯のらしき位置には、小さな水晶球を埋め込んだ柱が等間隔で並んでいた。
なんとなく魔力がこもっているような雰囲気があったが、正直、どういう仕組みなのかはまったくわからない。
「あれはね、“論理魔法:雷属性”を使った常夜灯術式なの。昼は眠ってて、夜になると自動で光るのよ」
「へぇ……そんな便利なのか。街全体にあるの?」
「うん。王都だけじゃなくて、各地の都市にも徐々に普及してきてるわ。便利だし、魔力消費も少ないの」
「……なんか、ファンタジーと科学文明の中間くらいだな」
「ふふ、“論理術式”が日常の一部なの。感覚でなんとなく使うものじゃなくて、理(ことわり)として研究されてるから。 ちゃんと学べば、誰でも基礎的なものなら使えるよ。便利屋さんとか、街の診療院でも応用されてるわ」
暮らしに魔法が混じっている。
でも、それは誰もが無条件で使える便利道具ではなく、訓練して習得する“技術”という扱いのようだった。
この世界、見た目は中世っぽいけど、もう少し進んだ時代……ルネサンス期に魔法研究が並走してる感じか――
「……すげぇ、ちょっとワクワクしてきたな」
王都の中心にある王宮を囲む外郭の門は、とても厳重に守られていた。
鋼鉄の門扉。その前には立派な鎧を纏った門番が左右に並んでいる。
門番はいわゆる中世の騎士のような雰囲気を纏っていた。
「止まれ。入場者は通行証を――あっ」
門番の顔がぱっと綻んだ。
「おお、姫様! 本日はご無事にお戻りで!」
んん? 姫?
「うん、ただいま。急ぎ王の間まで通して」
「かしこまりました! ……ん?」
門番の視線が、俺へと移る。
銀髪の少女――ニャルを背負った、明らかにこの街の住人とは違う、異国風の服装の人間。
「……その者は?」
うわ。ヤバい感じ。
槍の持ち方がちょっと変わったぞこれ。
と、思ってたら――
「森で、襲われたの。それで……」
希望がぽつりと、淡々と告げた。
瞬間、門番の顔が鬼の形相に変わった。
「この男に襲われたと! なんと不届きな――」
「いや、ちょっと待っ――」
「黙れ、下郎が!」
腰の剣を抜き、一歩、いや二歩、俺に詰め寄ってきた。
「王家に仇なす賊が奸計を仕掛けたか! 姫様に危害を加えたとあらば――貴様、ここで斬る!」
「本気でやる気だこれえ!?」
俺、背中にニャル背負ってんだぞ!?
下手すりゃニャルまで切られかねないぞ。
「――やだなもう、そういう意味じゃないの!」
希望がようやく、慌てて手を振る。
「襲われたのは“モンスターに”よ! 彼は助けてくれたの、私の命の恩人なの!」
「…………っ!」
門番が固まる。抜いた剣を持ったまま、顔が引きつる。
「……ほ、本当ですか、姫様……?」
「うん、本当。本当に助けてくれたの。彼は“保護対象”として、王のところに案内するの」
「し、失礼いたしましたああああ!!」
門番は剣をしまい、音を立てて地面に膝をついた。
「そんな大切な方とは露知らず、無礼を働きました! どうぞお通りください!」
門番さんは全力謝罪モードに突入。とりあえず助かった……けど。
「希望、お前お姫様だったの?」
「そーだよ。言ってなかったっけ」
しれっとした顔で希望が答える。
「しかもさっきの、もしかしてわざとやったんじゃ…」
「え? さあ……何のことかなぁ?」
「こいつ……っ!」
このお姫様、実は性悪なのでは?
少しの待ち時間の後、王宮の奥、大理石が敷き詰められた広間に通された。
待っている間に、希望は俺のことを秘書官を通じて王と側近たちに伝えたらしい。
中央の玉座には、厳格な表情を浮かべた中年の男性――この国の王が座っていた。
その両脇には、貴族っぽい雰囲気の老人、官吏らしき人、そして静かに佇む長髪の青年の姿があった。
希望が進み出て、跪く。
「父上。ただいま戻りました。……緊急の報告があります」
「よい。話せ」
「はい。森の訓練場にて“成れの果て”と思われる魔物が出現。私はその個体と交戦中、こちらの少年――桐原悠真に助けられました」
ざわっ、と場がどよめく。
「まさか……“成れの果て”など、王都近郊に……」
「しかも、少年が倒したと?」
「彼の使った術式は、論理魔法――それも無詠唱の雷槍です」
さらにざわつく空気。王も、目を細めて悠真を見据えた。
「……少年よ、そなたが“異世界の者”であるという報告も、娘から受けておる。間違いないか?」
「はい。信じがたいかもしれませんが……俺も、まだ信じきれてませんけど」
「ふむ……」
そこで立ち上がったのは、王の隣にいた長髪の青年。 切れ長の目に、冷静さと知性が宿っていた。
「晴翔だ。カルデュア王国第一王子にして、王立アカデミーの副総督を務めている」
「あっ、はい。よろしくお願いします……?」
若い。俺より少し年上?
しかも男の俺から見てもめっちゃイケメンというか美青年というか。羨ましい……。
「無詠唱による論理魔法の起動。それは構文の省略を意味する。論理式の飛躍――すなわち、原理の飛躍。過程を飛ばし、認識のみで現実に干渉するということ」
陽翔と名乗った青年が、重さを含んだ口調で続けた。
「その力は、再現性がない限り、危険と判断せざるをえない」
言い切った晴翔の瞳には、一瞬だけ――何かを測るような静かな光が宿っていた。
「……とはいえ、私も“偶然の英雄”という物語は、嫌いではない。だが国は物語で動かない。ゆえに、慎重を期する」
「……それはつまり?」
「君は監視対象であると同時に、大切な保護対象だということだ。保護と監視を兼ねて、王立アカデミーに通うことを提案する」
「異世界まで来て、学校かよ……」
場が一瞬、和らいだ空気に包まれる。
王が笑みを浮かべて、言った。
「異邦の少年よ。我が王国の庇護下に入ること、了承してくれるか?」
「……はい。お願いします」
行く当てのない俺にとっては願ってもない話。
ここの人たちは優しそうだし、学校に通わせてくれるということは、それなりの扱いをしてくれると考えていいだろう。最低限の衣食住は確保できるはずだ。
せっかく異世界に来たのに学校なんて面倒だけど……。
「よし。異界の地で不便であろう。世話係を一人つけよう。希望、お前の推薦はあるか?」
「はい――楓が適任かと。真面目で、忠誠心も高くて、融通は……ちょっと利かないけど」
そうして希望に案内され、中庭へ出た。
そこに現れたのは、整った顔立ちに、柔らかく丸みを帯びたボブカットの少女だった。
清潔感のある黒と白のメイド服に、背中には信頼感を滲ませる巨大な盾。
盾?
「紹介するね。彼女は――田中楓。私の義姉。王族の養子だけど、本人は“家臣”でいたいらしくて」
希望の言葉に、少女は騎士のように一歩進み、スカートの裾を持って優雅に一礼した。
「田中楓と申します。あなたのお世話役を命じられました。本日より、あなたを主とし、身の安全と生活を補佐いたします」
その姿勢、声音――思い描いていた理想のメイドって感じだった。
でも、その清楚で丁寧な態度の奥に、何か一本、鋼のような芯を感じる。
盾があるから余計に鉄感がある。
「楓はずっとこうなの。昔からね。私としては、せめてもう少し気楽にしてくれてもって思うんだけど……」
「忠義とは、わたしの在り方そのものです。それを崩せば、私の存在意義は失われます」
まっすぐな瞳で断言された。
でもその表情は無表情ではなく、どこか柔らかい。
まるで、「それが当然だ」と思っているかのように。
「……よろしくね、楓さん」
「“主”とお呼びします。そしてわたしのことは楓とお呼びください立場上は、あなたが上位となりますので」
「いやちょっ……俺、そんな大それた人間じゃ――」
「主の自己評価の低さは考慮されません」
「厳しいッ!!」
「わたしは与えられた恩に報いることを誇りとしています。義姉として恩を返さねばなりません」
希望がくすっと笑って、
「じゃあ私はここまで。楓、お願いね?」
と軽く手を振った。
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